Naked Cafe

横田創(小説家)

女子の鎮魂歌

たくさんの女子の敗北を見てきた。どれひとつとして痛切で、こころの中が血の海にならないものはないくらい悲痛で、悔しくて、わたしは片時も忘れることができない。そしていまなお、これをこうして書いているいまも、女子は女子である自己と格闘している。この「である」の鎖を引きずり、あるいは引きちぎろうとして歯を立て、叫び、這いずりまわる。

両親や社会や男たちのせいにするのは簡単だ。むしろそれが彼らの望むところであるのを感じているからこそ女子は自分自身を責め立てる。ああ、ひとり、異性の友だちができたかもしれないとホクホク顔で居酒屋の席を立ったのに「あ、いいよ、ここはオレが」のひとことで、レジで早くも友だちをひとり失ったことを知ったときの徒労感にも似た絶望感。「結婚するの?」でも「しないの?」でもなく「いつ結婚するの?」と上司の男に言われて、顔面にぐーでパンチを食らわしてやろうかと思っているのに、思うだけで実際にはすることができずに「ええ、まあ、そのうち」と、首を末期癌の鶏のように上下に動かし、へらへら笑って済ませようとする自分がどうしてもゆるすことができずに、ベッドの上で寝て過ごしてしまった日曜日。どこで間違ったのか。いつこの間違いを正すのか。それとも、自分ひとりでどうにかできる問題ではないのか。男たちが全員、馬鹿でうすら間抜けな怪物に見えるのは気のせいなのか。

誘惑はいつも外にではなく自己の中にある。一万円札をレジのトレーにぽんと遠くから投げるような男に食事をおごられて「ごちそうさまー」と、屈託のない笑顔で、なんの違和も不快も感じることなく口にすることができる女子が羨ましいと小馬鹿にしていたのに、本気でお金を稼ごうとしない、ひとりで食べていけるだけの仕事につこうとしない、ついてもリーダー的な、管理職的な位置につく気はあるのかと上司に聞かれて、とりあえず「はい」と答えたつもりが顔で、表情で本心を悟られたのがわかってほっとしているのがわかって、この根は相当に深いと思う。どこまで掘れば、嘘でもその原因と呼べるものに突き当たるのか。女子は全員、金持ちの息子みたいなものだと思う。貧乏人の息子として生まれた女子は金持ちの息子を狙い、金持ちの息子として産まれた女子は引き籠もり同然の生活をして、いつまでも親と同居している。カフェでどっちもおばあさんの母と娘を見ると自分の将来を見たような気がして、給料から天引きされている年金をいますぐ取り戻したくなる。そのお金で、わたしはなにをしたいのだろう。

いつも「才能」という言葉にただならぬ憧れを感じている。それだけが女子の丘の上から万人が平等に住む共和国の平地へ抜け出すことができるスピードでありパワーだからだ。なにもかもを忘れて、自分だけにしかできない仕事をしていたい。誰にもなにも言われずに、好きなことだけして生きるためには社長になるか、女優になるか、なんのジャンルでもいいからカリスマのアーティストになるしかないような気がする。AV女優になることを本気で考えたことがある。自分で稼いだお金で好きなことして生きていけるなら、もちろんぜんぜんありだと思う。でもきっと、いや、間違いなくAV女優にはAV女優としての特別な才能が必要で、長くつづけられるひとなんて、大企業の管理職になれる女子よりむしろ少ないのではないのかと思う。すべての問題を一気に解決する方法はないのか。それが最大の誘惑であり、自分をダメにする元凶であることも、嫌というほど知っている。

たくさんの女子の敗北を見てきた。駅前のドトールは敗北者の主婦のおばちゃんたまり場で、化粧っけのない顔を付き合わせて、お互いに一方的な話をしている。わたしは黒のリクルートスーツを着ている。ポニーテールが好印象だというからしているのだけれど、夏ならまだしも、冬は首の後ろがすーすーして寒い。髪を下ろしてスーツを脱ぎたい。そして思うぞんぶん部屋の片付けをしたい。ベランダでガーデニングをして、むりに「おいしい」と言わずに、正直な感想を聞かせてくれる彼氏と自分のために、カフェみたいな食事をつくってビールを飲みたい。いつもチェックしているだけで見ずに終わる映画をちゃんと観て、ちゃんとブログを書いて、友だちをどんどん増やしていきたい。mixiはやめよう。mixiの中には年賀状を交換するだけのゾンビのみたいな友だちだらけで得るものがない。そして誰にも読まれなくても、知ってもらわなくてもかまわないと思えるくらい充実した生活をしよう。前向きな気持ちで会社を辞めることができる日のために冬ごもりをしよう。そうだ、きょうは鍋にしよう。きのうテレビで見た豆腐だんごのとろろ鍋にしよう。あしたは行きたいと思ってから半年も行けずにいるカフェで読書をしよう。その先のことは、とりあえず考えないようにしよう。いや、とりあえずとかじゃなくて、ずっと、永遠に、考えないようにしよう。

わたしが永遠につづくとは思わない。いまはそれだけわたしの望みで、わたしの救い。わたしはいつでもわたしをやめる準備ができている女子でありたい。勝たなくていい。勝つ必要はない。負けなければいい。だから相手を探す必要もない。静かになりたい。ひとりになりたい。わたしひとりのためのひとりでありたい。やりたいことではなくて、やらざるをえないことにだけ包まれていたい。