Naked Cafe

横田創(小説家)

キャベツのステーキ……野菜炒めの問題と解決

隣りの晩ご飯的なテレビ番組を見ると、かならずと言ってもいいほど登場するキャベツの「野菜炒め」。それを見るたびいつからこんないかにもおいしくなさそうな料理が日本の食卓の定番になってしまったのか考えさせられます。わたしがその全体の指導者なら、頭をかかえると表現してもいいほどの惨状です。しかもそれが都会で一人暮らしを始めた男の子や女の子の手により再生産されて増殖されてゆく。あの「野菜炒め」をわたしなりに考察して、その改善策を提示したいと思います。

発端はおそらく、料理の鉄人として知られる赤坂・四川飯店の陳健一の父親である陳健民が、回鍋肉を日本に紹介するとき、当時もいまも日本のスーパーでは入手しにくい「ニンニクの芽」の代わりにキャベツを採用したことでしょう。あまり知られてないようですが、中国で炒め物としてキャベツが使われることはめったにないようです。英語でChinese Cabbageと呼ばれるように、白菜は意外とよく使われるし、実際炒めてもおいしい。けど白菜はキャベツ以上に水分の多い野菜ですから、家庭で作る野菜炒めの食材としては不向きかもしれません。ならどうすればいいのか。わたしなりの考えを示す前に「野菜炒め」の問題点を少し整理することにします。

問題点1 ごった煮
残り野菜を使った料理というイメージと、野菜をできるだけ食べて欲しいという親心からだと思うのですが、日本の食卓の野菜炒めには、キャベツやらもやしやらニンジン、タマネギと、やたらといろいろな野菜が放り込まれています。これまた和製中華の象徴である「中華丼」のイメージも影響しているのでしょう。なかでも特にいただけないのが、タマネギです。炒め物と言えばタマネギというイメージがなぜか強固に、そして頑固にあるようですが、タマネギは生で食べると辛い分、炒めるとめちゃめちゃ甘くなります。しかもくたくたになる前の、まだ形状がはっきりしている、つるっとしたタマネギには味がつきにくいとくるので、はっきり言って、いいことなんてひとつもありません。たぶん、これは、カレーですね。最初によーく炒めようが、あまり炒めずに具として入れられようが、日本の「カレー」にはかならずタマネギが使われているので(と、ここで、カレー問題も発覚しました)。このように、いろいろな料理のイメージの「ごった煮」として野菜炒めは日本の食卓に登場することになったのでしょう。根は深いです。そしてこれはなにも料理の話に限ったことではない「翻訳」の問題であるような気がします(肉じゃがが、シチューの「翻訳」だったと知ったときは、ほんと驚きました)。

問題点2 べちゃべちゃ、ぱさぱさ
日本の食卓にのぼる野菜炒めがべちゃべちゃしていることはよく知られていることです。もはや諦めの境地と言ってもいいほど、それはいつもべちゃべちゃしていて、食べ終わったさらには大量の水分が残されています。けどむしろ注目して欲しいのは、にもかかわらず肉は、その多くは豚肉ですが、ももだろうが肩肉だろうが、ぱさぱさしていて、かっちかちになっていることです。塩こしょうすらされずに、スーパーの白い容器から直接フライパンに投入されるのですから当然と言えば当然の結果。低温でじっくり、時間をかけて(煮るんじゃなくて)焼かれればどんな高級な肉であってもかならずかたくなります。一般家庭の火力ではこれが限界、本格的な中華を作ることなど無理な要求なのだと思っているひともいるかもしれませんが、そんなことはありません。そもそも日本の一般家庭の火力が「強火」であることが、主婦の手によりその能力を限界まで引き出されることが少ないことをわたしは知っています。いやむしろ、調理器具は立派すぎるほどのものがキッチンにはあるのに、ないのはノリだけ。完成予想図というより、どんな料理を食べたいのか、どう料理を楽しみたいのかという欲望の縮図です。あの店で食べたあの味を、できれば自分の手でつくって子どもに、旦那に、恋人に、友だちに食べてもらいたい、なにより自分が食べたいという外からの力が「料理をする」には必要なのです。

解決策1 シンプルに、使う野菜は基本1種類だけで
キャベツを使うならキャベツだけで、ピーマンを食べたかったらピーマンだけを買うことにして、食べたい野菜と肉の組み合わせだけを楽しむ。たとえ冷蔵庫の中にあまった野菜があったとしても、フライパンの中に放り込まない。そう、あくまでも、ピーマンと牛肉しか使わない野菜炒め、青椒肉絲(チンジャオロースー)のノリで。

解決策2 肉に下味をつける
豚肉に塩こしょうするだけでなく、たとえば、ショウガやにんにくをすったものを入れてお酒と一緒にごま油や片栗粉を入れて揉み込み漬けておくと、それだけで仕上がりが劇的に変化します。焼けばショウガやにんにくの香りがどんどん立つし、片栗粉にコーティングされた豚肉はふっくら、しっとりするし、味もつきやすいのでアクセントになります。全体に同じ味が、同じようについている必要はないどころか、ついていないほうが食べるときにいろいろたのしめるので、味が薄いところと濃いところがあっていいのです。鮭の炊き込みご飯を食べているときの、鮭で塩分が濃いところと、白いご飯の塩分が薄いところを同時にたのしんでいるときのノリというか、口の中のたのしさと同じです。だから中華では、肉にわりとしっかり目の味をつけておきます。そうすれば、言うなら味がつきにくい野菜という「白いご飯」と、わりとしっかり味のついた肉という「おかず」をひとつの皿の中で交互に食べることができます。

解決策3 炒めるのは強火で、あっというまに
思い切って油を多めに入れて、そして強火で、一気に炒める。そして、あらかじめつくっておいた「合わせ調味料」を入れて、一度か二度フライパンを返せばそれで完成。これは中華料理全般に言えることですが、フライパン(中華鍋)を手にしたときにはもう終わり間近というか、勝負はほぼ決まっていて、炒めるというより食材に味を絡ませるだけの行程なのです。だから中華料理のシェフたちは、それだけでは火が通らない野菜は先に湯通ししておくか、油通ししておくのです。下味をつけた肉と、あらかた火の通った野菜の入ったボールを並べて、フライパンにごま油を入れて、強火で熱して、よーいドンです。

以上をふまえて、わたしがおすすめする野菜炒めは、キャベツ「ではない」野菜の野菜炒めです。キャベツは、炒めるのにあまりむいてません。蒸したり煮たり、千切りにしたりちぎったりして生で食べたほうがおいしく食べることができます。ただひとつだけ例外があって、おすすめできる、それも「え?」てくらいおいしい焼くキャベツは「キャベツのステーキ」です。たとえばケンタロウの「キャベツステーキベーコン添え」。わたしはベーコンの代わりに「柔らかタンドリーチキン風フライドチキン」と一緒に食べました。あ、あと、スライスチーズを上にのせています。

「野菜炒め」としておすすめなのは「もやしと豚バラ肉の紅ショウガ炒め」とか「長ネギと豚こまの塩炒め」とか、あと代々木上原の居酒屋でいつも頼む「ナスとピーマンのみそ炒め」とか、高山なおみさんの「ゴーヤーと豚こまの塩炒め」とか、……切りがないほど思いつくので、炒め物にキャベツを使う必要はないと思います。