Naked Cafe

横田創(小説家)

海南チキンライス ……蒸し煮、蒸し茹でのすすめ

カレーも鍋も味噌汁も煮魚も、煮汁をたくさん入れすぎていたことにわたしが気づいたのは、高山なおみさんのレシピを読むようになってからなのですが、それはもう劇的に料理の仕方が、味が、おいしさが変わりました。一度おもいきって煮汁の量を見直すことをおすすめします。ほんと、それだけでおいしく煮物ができるようになるはずです。

たっぷりのお湯で煮ると具材のうまみが全部そこへ逃げ出すだけなので、はっきり言って、いいことなんてひとつもありません。うまみの薄いスープに具がぷかぷか浮かぶだけです。さらに味付けをするときが大変で、経験したことあるひとは多いと思うけど、たとえば肉じゃがを作っているとき、味が薄いと思ってミリンを入れても醤油を入れても、もう、えーってくらい調味料をいろいろ入れたのに味がちっともつかなくて、砂糖とか塩とか入れているうちにわけがわからなくなってきて、もういいやって感じで料理があえなく終了するのは、レシピなしでなんとなく作ったときの常なのです(そんな失敗をしないためのおすすめレシピは、小林ケンタロウ×カツ代親子の「フライパン肉じゃが」です)。かく言うわたしも、レシピなしで作れば多少の差こそあれそうなります。しかも盛りつけたあと、鍋の中に残った大量のスープの中には、ついさっきあなたの手により無闇に投入された醤油やミリンがほとんど全部入っているのです。それを流しに捨てる。これを悲しいと言わなくてなにを悲しいと言うのでしょう。

ということで、煮ると言えばもう蒸し煮で、蒸すように煮るか茹でるかわたしはします。たとえば、鶏肉を茹でれば自動的にチキンスープが鍋の中にできます。それを使わない手はないし、使うならベストな状態でできるように水の量を計算しましょう(今回は、そのチキンスープで米1合を炊くので水はカップ1杯でじゅうぶんなのです)。お湯が少ないからちゃんと煮えないのではないか、茹でられないのではないか、と心配する必要はありません。蒸気の力は、すごいです。死ぬほど熱いのは、一度でも蒸し料理をしたことがあるひとなら知っているはずです。ちゃんと蓋をすれば火が通らない心配よりも火が通りすぎる心配をしたほうがいいくらいです。

昼はいつものことなのだけど、穴熊が会社の送別会で外で食べてくるとのことなのでその日は晩ご飯をひとりで食べることになりました。冷蔵庫の中になにがあるかと思って開けてみると、きのうケンタロウの「バリバリ揚げ(=鶏もも肉を醤油とお酒で漬け込んで、片栗粉をまぶしてまるのままフライパンに薄く強いた油で揚げたもの、ビールのつまみに最高ですよ!)」を作ったときに使った鶏のもも肉が一枚あまっていたので、海南チキンライスを作ることにしました。海南はシンガポールのこと。鶏肉の煮たときにできるスープをそのまま出汁にして米を炊く、見た目よりずっと簡単なのに鶏のうまみをまるごと味わえる、わたしのような鶏肉好きにはたまらない料理です。

わたしの海南チキンライスとの出会いは、西荻窪にある夢飯(むーはん)(←盛りつけの参考に!)という海南チキンライスの専門店です。会うひと会うひとに「おいしかった」と言い触らしたほどの衝撃でした。鶏を煮ることでできるスープでごはんを炊いたりお粥にしたりして、とにかく鶏を楽しむ素敵な料理。今回は、蒸し煮したあと鍋に残るスープをでお米を炊いてチキンライスを作りますが、炊いたお米を鍋の中に入れてことこと煮れば絶品の鶏がゆにもなります。わたしと穴熊は、お粥にするときはいつもパクチーとザーサイのみじん切りをトッピングにして食べます。あとこれから下に書くタレを作って、ちょっとずつ、ちょっとずつ、スプーンですくってかけて、味を調節しながら食べます。もう中華なのかアジアンなのかわからない絶品お粥がすぐに誰にでもできます。こんな鶏の食べ方を、楽しみ方を教えてくれたむーはんに、ほんと感謝です。

海南チキンライス」の作り方
鶏もも肉 1枚
ショウガ薄切り 1枚
ネギの青いところ 
パクチー(もしくは、三つ葉) 好きなだけ
 1合

タレ
醤油 大さじ1
豆板醤 小さじ1/2(辛さはお好みで調節してください)
ごま油 小さじ1/2
 写真のように、なるべくちいさな鍋に鶏もも肉とショウガの薄切りとネギの青いところ(あればパクチーの根)を入れて、水を1カップ入れて蓋をして強火にかける。沸騰したら灰汁を取ってからまた蓋をして、コンロの限界まで弱火にして15分蒸す。さらに5分ほど蓋をしたまま余熱で火を通す(と、高山さんのレシピに書いてあるけど、ほんと? とわたしも不安でしたが、だいじょうぶ、ちゃんと火は通ります! むしろ火の通しすぎに気をつけてください)。
 蓋を取って、煮汁につけたままあら熱が取れたら(とはつまり、手で触れるようになったら)蒸し鶏を鍋から取りだし、鍋に残ったスープで米を普通に電子ジャーで炊く(足りないようだったら水の量は調節してください)。
 炊けて保温になったご飯の上に切る前の蒸し鶏をまるのままのせて5分から10分あたためる。そのあいだにタレの材料をざざっと混ぜて小皿に入れる。ご飯の横に半分のせるように薄切りした蒸し鶏を盛りつけ、ざく切りにしたパクチー(もしくは三つ葉)をたっぷり添えたら、完成。

高山なおみさんの「蒸し鶏」(『うちの玄米ご飯』)のレシピを参考にして夢飯の味を再現してみたレシピです。というか、最初に書いたように、高山さんのレシピが蒸し煮=蒸し茹でのおいしさというかノリを教えてくれました。その料理は『おかずとご飯の本』に載っている「鶏レバーのしょうゆ煮」なのですが、それはまた今度作ったときに書きます。酒のあてに最高なので、まちがいなくわたしはまた作るので。煮汁が蒸発して米を炊くのに足りなくなったときは水を足してください。けど、べちゃっとするより、ぱらぱらっとしてたほうがおいしいので、ちょっと足りないくらいがちょうどいいです。今回はキュウリが冷蔵庫の中にあったのでピーラーでしましまに皮を剥いてから厚めに切って一緒に盛りつけました。あとレモンもあったのでくし切りしました。鍋から先に取り出した蒸し鶏が冷めたままではもったいないので、電子ジャーでご飯が炊けて保温になったらお皿に盛りつける前に炊けたご飯の上にのせて5分か10分でいいので一緒に蒸してあたためてください。切るときは皮目を上にして、ゆっくり包丁を動かせばうまく切れるので、できるかぎり薄く切っるようにしてください。

この日のわたしのようにひとりで贅沢に全部食べてしまうのもいいし、ほかにもう一品作って、友だちと2人か3人くらいで食べるのも楽しいです。そのときは、ぜひタレをもう一種類、ショウガ・レモンを作ってみてください。作り方は簡単で、ショウガ一片をすってレモンを半分搾って、塩少々くわえて混ぜるだけ。豆板醤のタレよりずっとすっきりしていて、シンプルな分、鶏の味をダイレクトに味わうことができるのでおすすめです。