Naked Cafe

横田創(小説家)

魚介のマリネサラダ ……自家製ドレッシングのすすめ

さすがにわざとというわけではないけど、うちの冷蔵庫は高さ八十センチほどの、それはそれはちいさいもので、置き場がないからというわけではないけど、市販のドレッシングは買いません。その場で作って、使い切ります。気分と食材に合わせて組み合わせることができるし、いくらでも調整できるところが利点です。わたしが最初におぼえたドレッシングは神楽坂のフレンチレストランでバイトをしていたときにシェフに教えてもらったものです。そして毎日仕込みの手伝いで作ってました。「魚介のマリネサラダ」はその基本中の基本のドレッシングを使うものなので、レシピと一緒に紹介します。
「魚介のマリネサラダ」の作り方(2〜4人分)
刺身(ホタテや平貝やツブ貝などの貝類、または鯛や平目やサーモンといった白身魚、鰺や鰯の青魚、要するに赤身じゃなければなんでも) 好きなだけ
水菜 半束
貝割れ大根 1束
プチトマト 10個


「フレンチドレッシング」の作り方
マスタード(できればディジョン・マスタード) 小さじ1
レモン汁(またはお酢、あれば白ワイン・ヴィネガー)  大さじ1
EXオリーブオイル 大さじ1
 ひとつまみ
胡椒 少々

 野菜の仕込みをする。水菜と貝割れ大根を洗って、根元を切って、ボールの中で立てるようにして水にさらす。10分もすればシャキッとする。野菜は市場に出荷するとき、いたまないように水分を抜かれているので、スーパーや八百屋さんでへなへなしているからといって新鮮でないわけではない。ちゃんとこうして水にさらせば生き返る。できれば、特に夏場は、ボールの中に氷をどさっと入れると、さらにシャキッとする。レストランのサラダがやたらとしゃきしゃきしているのはこれをしているから。
 フレンチドレッシングを作る。あとで野菜を入れて混ぜることができるくらいのおおきさのボールにマスタードと塩、胡椒を入れて、泡立て器でよーく混ぜる。次にレモン汁(またはお酢)を入れて、やっぱりよーく混ぜる。けっこう丁寧に、がんばって、空気を入れるようにして混ぜる。最後にオリーブオイルを入れて、さらにがんばって混ぜる。なんというか全体的に白っぽくなって、とろみが出てきたら完成。
 魚介を薄切りにする。透けるほどではないけど、ホタテなら斜め切りにして二枚か三枚にしする感じ。スーパーで売ってるサーモンや鯛の刺身なら一枚を二枚に。鰺や鰯の刺身ならパックから出してそのまま使ってよい。それを2のフレンチドレッシングの中に入れて、常温で30分ほどマリネーゼする(時間がなければ10分でもよい)。
 水気をよーく切って、ざく切りにした水菜と、やっぱり水気をよーく切って、根元を切った貝割れ大根と1粒を半分に切ったプチトマトを3のボールに入れて混ぜる。手で混ぜる。だからお皿を先に用意しておく。手で混ぜて、上へ上へ盛るように、クリスマスツリーにするくらいの気持ちで、混ぜた手のまま、手で盛りつければ完成。

簡単、ですよね。マリネーゼした刺身はさらに柔らかくなって臭みも抜けて最高においしいです。特に夏場はおすすめ。食事の最初に食べると口の中がすっきりして、お酢で食欲も増してメインのおかずが待ち遠しくなります。わたしは先にこれを作っておいて穴熊に、またはお客さんたちに食べていてもらっているあいだに心おきなく料理をします。冷やした白ワインが合います。一本500円のワインでも、辛口なら文句なしに合います。ビール派のわたしもこのときばかりはいただきます。

さて、ドレッシングです。そもそもドレッシングというものは野菜の味をつけるうんぬん以前に野菜を柔らかくするために必要なので、油が入ってなければドレッシングではありません(ノンオイルのドレッシングが有効なのは、ワカメサラダのときくらいかな?)。そして食卓で直接サラダの上に振りかけるのはめんどくさがり屋のアメリカ人が発明したもので、こころに余裕があるならボールの中で野菜にからめてから盛りつけたほうが絶対においしいです。実は基本は簡単です。お酢と油を、塩と胡椒で混ぜればいいのです。それさえわかっていれば、中華風も和風もすぐにできます。たとえば……。


「中華風ピリ辛ドレッシング」の作り方
豆板醤  小さじ1
お酢   大さじ1
ごま油  大さじ1
塩    ひとつまみ
煎りゴマ 大さじ1

これをトマトとワカメのサラダに和えてみるのはどうでしょう。うまいに決まってます。わたしなら、鶏のささみをさっと湯がいて手で裂いて、細切りにしたきゅうりと一緒に和えたりします。もちろん本格的なくらげのサラダもこれでできます。次、行きます。


「和がらしドレッシング」の作り方
和がらし  小さじ1
お酢    大さじ1
サラダ油  大さじ1
塩     ひとつまみ
 
これでタマネギの千切りと水菜とハムのサラダを作ってみるのはどうでしょう。和がらしのつんとしたところがなんとも頼もしいので、だいたいどんな野菜でも合います。和がらしですから、とんかつの横にこのドレッシングで作ったクレソンのサラダを添えてもいいです。なんなら上にのっけても。実際ラ・ベットラ落合務さんのレシピ本(『ちゃんと作れるイタリアン』)の中に、薄くして細かいパン粉をつけて揚げたミラノ風カツレツの上にサラダをのせちゃうレシピがあって、サラダと一緒に食べると油っこさが見事に消えて、あっというまに食べてしまうので、すっかりいまではうちの定番料理になってます。

「マヨネーズ風ドレッシング」の作り方
フレンチドレッシングを作ったら卵の黄身をひとつ落として、よーく混ぜればかなりマヨネーズなものができます。それをロメインレタスに和えて、パルメザンチーズ(パルミジャーノ・レッジャーノ)を振りかければ、かなりシーザーサラダなものに変身します。そうです、マヨネーズなんてそんなものです。油と卵とお酢さえあれば、誰にだって作ることができるのです。
切りがないのでこれくらいにしますが、最後にひとつだけ。ぜひ一度、ディジョン・マスタード(moutarde de Dijon)を買ってみてください。まさにこれこそパリの味です。ディジョン・マスタードで作ったドレッシングのサニーレタスのサラダがまるでメインのように平たくて丸いお皿のまん中にでんとのったそのまわりに五種類のハムが添えられたモンマルトルのカフェで食べたワンプレートが忘れられなくて、わたしはドレッシングを自分で作り始めました。日本ではあまり多くの種類が売ってませんが、本家のフランスではびっくりするくらいろいろな種類のマスタードが売ってて、滞在してるあいだいろいろ買って試してみんな持って帰ってきました。サニーレタス。スーパーではしんなりしてますが、ざくっと根元をもぎ取って氷水につけて、手で、親指で弾くように千切ればもうそれだけで最高のサラダの材料になります。野菜と言えば植松良枝さんです。彼女は野菜の魂を知っています。今夜はサバのグリル モロッコ風アリッサソース×春菊とサニーレタスのビネガーサラダにしてみようかな。

さっそく作っちゃいました。これ、まじでうまいです。植松さんの言うとおり火加減だけ気をつければ誰でもおいしくつくれるので、このモロッコ料理きっかけでスパイスを四種類手に入れて挑戦してみてください。わたし、これ好きです。

畑のそばでうまれたレシピ 温かい野菜料理 (オレンジページブックス)

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