Naked Cafe

横田創(小説家)

落としもの

10月7日発売の『新潮 11月号』に短編小説を発表しました。正直、書いたというより、なにかに見入られ、呆然と眺めていたというのが実感で、わたしはまだこの小説を紹介する言葉を見つけられずにいます。だからこそ発表しなければならないのですが、これほど書いたあとも、いや、書いたあとこそ考えさせられつづけた小説はありません。そして小説に限らず、これを自分以外のひとならどう読むのか、なにかわかることがあるのか、聞いてみたいとこんなにも強く思ったこともありません。……それはこんな落としものの風景から始まります。

最初は踏切のあいだに落ちていたバッグだった。あいだとはつまり遮断機と遮断機のあいだのことで、すぐ横にある私鉄の駅のホームから下りの電車が走り出す前に上りの電車が近づいていることを知らせる赤い矢印が点灯して、待つひとびとの呼吸が一瞬ため息に変わった。
わたしのすぐ後ろに立つ、たぶんランチに向かう途中のサラリーマンが落ちているそのバッグの話をしている。て、わたしも膝丈タイトスカートのスーツを着たOLという名のサラリーマンのひとりなのだけど。なかなかひらかない分、遮断機の前にひとがだんだん、排水溝にたまる木の葉のように集まってきた。
けど、たぶん、誰も拾わないだろうと、わたしは思った。