Naked Cafe

横田創(小説家)

埋葬/中公文庫

脳をマドラーで掻き回されるように読んだ。それから十数年経っても、撹拌された言葉は渦巻き続けている。
――酉島伝法(小説家・イラストレーター)

生きる自分への責任の取り方と、誰かに向けられた嘘や演技。ふたつが奇跡的に同じものとして重ねられる文体に、その残酷に、私は吐きそうなくらい救われた。
――山本浩貴(いぬのせなか座/小説家・デザイナー)

途方もない饒舌のうちに真実は沈みゆく。こんなに恐ろしい小説はそうそうない。
――蛙坂須美(怪談作家)

妻は決してわたしに、夫であるわたしに話そうとしなかった「むかしの話」を話す代わりに「むかしの話」の中にわたしを連れて来てくれたのだった。

目次
Ⅰ 埋葬(2010)
Ⅱ トンちゃんをお願い(2011)/わたしの娘(2019)

解説:岡和田晃

カバーイラスト:うめはらもも

カバーデザイン:中央公論新社デザイン室

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わたしの産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という/小林あんぬ

わたしが産んだ、3人めのこどもは、のゆり、という。のゆりは生まれたときから心臓に、小さな欠陥を抱えていた。……のゆりの心の動き。のゆりの愛とか生きる力とか伸びる姿を、ひとつひとつ記録するように綴った2025年・夏の日記。のゆりが生まれた日からブログに書き溜めたエッセーと一緒に本にしました。

著者:小林あんぬ
編集:横田創
デザイン・校正:平野明
写真:小林あんぬ
ページ:200頁
発行元:リスの朝ごはん

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言葉にバスタオルをかぶせる

 映画館で携帯の電源を切るのを忘れていたことに電話が掛かってきてから気づいた。切られた電話にもう1度掛けたら「電波の届かないところにいるか」のアナウンスが流れた。着拒されたと思ったに違いない相手にそうではないと伝えられないまま、誤解されたまま絶交してしまった女と女の話(『ウンジュンとサンヨン』という韓国ドラマ)をネトフリで観た。
 仕方がないとはわかっているけど、神様それはないよ、あんまりだよと思わずにはいられない出来事を記憶したまま次の神様それはないよ、あんまりだよと思わずにはいられない出来事を経験させられるドラマだった。
 意味がないことほど意味を持ってしまうのは世の常で。いまのいまついたこのため息は、ほんのちょっとだけいつもより長く呼吸をとめていたせいで起きたただの息継ぎで、その直前に言われたことに抗議をしたわけでもやってられないと言いたかったわけではないと言ったらよけいややこしくなると思って黙っていたら逆ギレされたと思われていた。なんてことはよくある話で。

青土社 ||ユリイカ:ユリイカ2026年2月号 特集=大前粟生

 

春のお辞儀/長嶋有

俳句はどこから来たのか。どこへ行くのか。この謎の答えのひとつが俳人ではない俳人のこの句集である。詩は詩であるままときに詩でないものになることがある。長嶋有は小説を書く前から俳句が書けるひとだった=俳句が書けるひとだったからこそ長嶋有の小説が書けた。この句集はその証左である。

『新装版 春のお辞儀』 長嶋有|俳句|俳句・川柳|書籍|書肆侃侃房