雑誌『Web新小説』(刊行:春陽堂)に短編小説「記憶について」を発表しました。
序言
当店の看板猫(ココ・18歳)の寿命がまもなく尽きようとしている。ココが退院したのは治ったからではないことは家族の誰もが知っている。ココは慢性腎臓病(腎不全)を患っている。妻(洋子・69歳)はなにも食べようとしない。ココが食べたら自分も食べると言って聞かない。気持ちがわかるゆえに無理をしてでも食べろとは言えない。それでこれを書いている。
おそらく洋子がこれを読むのはココの寿命が尽きたあとになるだろう。ココは亡くなってもあなたの記憶の中で生きつづける。ココの亡骸を前に悲嘆に暮れる洋子を慰めようと思えば誰もがこれと似たようなことを言うだろう。
ココはわたしたちの記憶の中で生きつづける。果たしてそうだろうか。記憶の中とはどこにあるのか。中があるなら外もあるのか。わからない。わからないことだらけなのにみななんとなくそう口にしているとしか思えない。
よって記憶について考察することにした。81年と半年ほど生きてきたあいだに考えてきたことをこのノートに書いてみたいと思う。