Naked Cafe

横田創(小説家)

表象のパラドクス 表象論2

たとえば、西瓜。いまごろ日本各地の畑で、あんなにおおきなものが、あんなにたくさんごろごろしていると、見る者が声をあげずにおれないほどまるまるとふとった西瓜。濃い緑の中にかなり大胆なタッチで黒い亀裂模様を走らせた西瓜。叩くと厚い皮が太鼓の膜のように震える西瓜。ツァイ・ミンリャンの西瓜。まっぷたつに割られた西瓜。赤い汁が手首を伝ってぽたぽたと肘の尖った骨の先から落ちる西瓜。スイカ。すいか。……いまここにどう書こうとも、どんな言葉で表象しようと、わたしたちが夏が来れば毎年のように経験している、食べている、見ている、これ、おっもいねーと言いながら、はしゃぎながら両手で抱えるようにして持ち上げているあれではない。西瓜という言葉であって、西瓜そのものではない。だけどいまこれを読んでいるあなたは、わたしが表象しているものが西瓜であると認識している。今年はまだなら、まるで去年の夏を思い出すようにその姿を思い描いている。西瓜は西瓜であるのかないのか。

表象のパラドクス。表象の数ある性質の中でも、すべての性質を貫くこのパラドクスを強調したいとき、哲学者[=翻訳者]たちはrepresentation[代理=表象]と翻訳する。それ「でない」ことでそれ「である」のが表象である。表象が、なにはさておき「代理」するものであるのはそのためである。

舞台でマリー・アントワネットを演じる、つまりはマリー・アントワネットをrepresentation[代理=表象]する俳優は、マリー・アントワネット「でない」ことでマリー・アントワネット「である」。なぜならもしその俳優が俳優でなくてマリー・アントワネット本人であったとしたら、当たり前だが、マリー・アントワネットとしていまここにあることはできない。つまり俳優はマリー・アントワネット「でない」からこそマリー・アントワネット「である」ことができるのである。

海面から突き出たおおきな岩がある。たとえ夏であっても、そこまで自力で泳いでいける自信は持てないくらい遠く離れているから正確なことは言えないが、巨木の胴回りを測るようにおとなの男が両手をひろげて繋いで抱えるには少なくとも十人は必要なのではないかと思われるくらい、それくらいおおきな岩である。その岩をrepresentation[代理=表象]する写真がいま、代々木上原サンマルクカフェのテーブルの上にある。その写真は海面から突き出たおおきな岩「でない」ことで海面から突き出たおおきな岩「である」。もので言えば印画紙、ただの紙である。もしその写真が写真でなくて、海面から突き出たおおきな岩そのものであったとしたら、代々木上原サンマルクカフェは甚大な被害を被り、コーヒーを飲みながらチョコクロを食べているひとびとはかならずやパニックに陥ることだろう。つまりその写真は海面から突き出たおおきな岩「でない」からこそ海面から突き出たおおきな岩「である」ことができるのである。

それからは万事が速やかに進んだ。法廷は閉じられた。裁判所を出て、車に乗るとき、ほんの一瞬、私は夏の夕べのかおりと色とを感じた。護送車の薄闇のなかで、私の愛する一つの街の、また、時折り私が楽しんだひとときの、ありとある親しい物音を、まるで自分の疲労の底からわき出してくるように、一つ一つ味わった。すでにやわらいだ大気のなかの、新聞売りの叫び。辻公園のなかの最後の鳥たち。サンドイッチ売りの叫び声。街の高みの曲がり角での、電車のきしみ。港の上に夜がおりる前の、あの空のざわめき。──こうしてすべてが、私のために、盲人の道案内のようなものを、つくりなしていた。(アルベール・カミュ『異邦人』訳・窪田啓作)

わたしたちは、マリー・アントワネットをどのようにして知ったのだろうか。おそらく歴史の教科書や歴史ものの書籍や映画や漫画というrepresentation[代理=表象]を通して知ったのだろう。なのにわたしたちは、マリー・アントワネットが18世紀のフランスに存在したからrepresentation[代理=表象]することができたと考えてしまう。かつてそうであった/もはやそうではないものを、誰かがrepresentation[代理=表象]することで知ることができたと、順序を逆にして考えてしまう。いや、だってマリー・アントワネットが存在しなければrepresentation[代理=表象]することはできないではないか、対象がないではないかと言うなら、ではマリー・アントワネットが存在したと、実在の人物なのだとわたしたちはどうやって知るのか、知ったのか。それもやはりマリー・アントワネットのrepresentation[代理=表象]によって/においてなのではないか。ていうかそもそもマリー・アントワネットという名前からしてrepresentation[代理=表象]なのだから、つまりはわたしたちはわたしたちの目や耳や鼻や、あらゆる感官を通して、想像力を駆使して知ることができたすべてのものはrepresentation[代理=表象]なのだから。わたしたちは誰も彼もが生まれながらにして対象そのものを、その物自体を知らない盲人なのである。……こうしてすべてが、私のために、盲人案内のようなものを、つくりなしていた。

表象するものが、表象されるもの(=対象)に先立つ。対象、モデルとはすべて表象、コピーによって/において後から産み出されたものである。なにもわたしは芸能人のゴシップ記事のことだけを言っているのではない。受け取ることができたもの、かたちあるもの、可能なものはすべてrepresentation[代理=表象]である。もし表象されるものが表象するものに先立つなら、手紙を読んで相手の真意を、こころを読み違えているのではないかと夜も眠れないほど心配することもないだろう。なにしろ相手の真意が、こころが手紙に先立ち、あらかじめ直接わたしに与えられているのである。相手の真意を、こころをわたしは先に知っているのである。相手のこころを読み違えているのではないかと怖れる必要などないはずである。だがそれはありえない。原理的にも現実的にもありえない。わたしたちが相手のこころを知るためには、手紙や笑顔や、朝まで一生懸命話してくれたことや、メールで誘ってくれたライブの演奏や、あるいはそのお誘いメールの文面の中の絵文字のハートマークというrepresentation[代理=表象]を媒介にすることでしか知ることができないのだから。そのrepresentation[代理=表象]を見たり読んだり感じたりして、ライブに行こうと、このあいだのことは水に流そうとやっと決心することができるのだから。

○○でないことで○○であるもの。代理=表象。たとえ、かつてそうであった/もはやそうではない過去のものであったとしてもrepresentation[代理=表象]は対象に先立つ。なぜならrepresentationは「もの」ではなくて機能だから。運動だから。想起と呼ばれる行為だから*1。二十四時間三百六十五日、寝ずの番をしている。なにかの代理をするのではなく、代理という機能、運動の中からなにかが生まれる。そんなこと、ありえないと思うなら、どうしてあれだけのひとがきのう選挙に行くことができたのかとわたしは問いたい。representation[代理=表象]という機能に、運動になにかが先立つと言うのは、選挙をする前から選ばれるひとが、国会議員が決まっているくらいおかしな話である。

日本国の国会議員は、日本国民のrepresentation[代理=表象]である。わたしたちが映画や漫画を通してマリー・アントワネットを知ったように、諸外国の人々は菅直人のあの薄ら笑いを通して日本国を知るのである。菅直人は日本人であるあなたに先立つ。あなたからすれば、それは日本人に対する誤解であるとしかいいようがない理解をしている相手と、たとえばデンマーク人とあなたはこれから顔を合わせなくてはならない。だがそのあなたも日本人のrepresentation[代理=代表]であり、別の誰かにとっての「それは日本人に対する誤解であるとしかいいようがない理解」を産み出すrepresentation[代理=表象]なのである。なぜなら「日本人」や「日本」という言葉からしてrepresentation[代理=表象]だからである。まさか日本や日本人が先にあって、それを「日本」や「日本人」とrepresentation[代理=表象]していると思う者などいるまいと思うのは、わたしの甘い考えなのか。「もともと」とか「復活させる」とかいう謳い文句が選挙の広告の中で踊りまくるこの国なのだから。

わたしたちは、いまここにわたしが書いたようなパラドクスに陥っていない、○○でないことで○○であるものを通じて、つまりは媒介せずに○○を直接知ることはできない。海面から突き出たおおきな岩「でない」ことで海面から突き出たおおきな岩「である」ものを眺めて知ることができるのは、その「海面から突き出たおおきな岩」ではなく、また別のなにか、たとえば地殻変動である。眺める限り、それを見る限り、わたしたちは「それ」を媒介にして別のなにかを知ってしまう、考えてしまうのである。手紙に「ゆるす」と書いてあったから相手はもう自分をゆるしてくれたとすぐに思うことができるなら、わたしたちはわたしたちのほとんどすべての悲しみから救われるのだろうが、どうしてもわたしたちはその意味を、つまりはその言葉はほかのどんな言葉の、気持ちの代理なのか、表象なのかと考えてしまう。隠喩として書くつもりも、表現するつもりもなくても隠喩になるのが言葉である。「ゆるす」と書いた本人に、隠喩にするつもりも換喩にするつもりも、はたまた提喩にするつもりもなかったとしても同じである。ほかのなにかを意味する可能性を言葉から奪い去ることはできない。なぜなら言葉とはrepresentation[代理=表象]という"そのものでないもの"そのものなのだから。まだハイハイすることもできない赤ちゃんが、やんややんやと絵筆を振って描いたものであっても「あれ? これ象みたい、ゾウさんみたいだねー、お上手だねー」と、わたしたちはそこになにかを見ずにはおれない。親方が「レンガ」と言うだけで「レンガを持ってこい」と弟子の耳には聞こえるウィトゲンシュタインのあの話は、教えるー教わる立場うんぬんを論じる話である以前に、代理=表象するものが代理=表象されるものに先立つことのひとつのrepresentation[喩]だったのではないのか。自分を産む前の母親の写真を、つまりは自分の知っている母親「でない」少女時代の母親の写真を見て、これはわたしの母親「である」と思わずにはいられないのは、ロラン・バルトだけではないだろう。このパラドクスから逃れる方法は、なにも表現しないこと、representation[代理=表象]しないことだと思って黙っていると*2、これが最も強烈になにかを意味し、思わぬ誤解を産むことは現実的かつ具体的に誰もが知ってることだろう。

わたしたちはもはや黙ることはできない。なにかのrepresentation[代理=表象]でないことも、なにかにrepresentation[代理=表象]されないこともできない。なぜなら「わたしたち」こそが互いに互いを代理=表象しているrepresentationという運動、あるいは関係そのものだからである。なぜならわたしたちは、自己でないことで自己であるものたち、他なるものによって/においてしか自己を知ることはできないからである。他なるものとはなにか。これをラカンは「大文字の他者[Autre]」と呼んだのだが*3、いまここで言うところのrepresentation一般である。つまりは代理=表象することそれ自体。representationは、誰にとっても、なににとっても代理=表象であるほかない、それ自体であることはできない他者なのだから。

*1:「あらためてこうして」表象論1 参照

*2:語りえぬものについては、沈黙しなければならない[What we cannot speak about we must pass over in silence]ウィトゲンシュタイン論理哲学論考

*3:十川幸司精神分析的思考 ラカン理論における経験と論理」参照 ……『批評空間2-25』所収

あらためてこうして  表象論1

あらためてこうして眺めてみると、あるいは聞いてみると違ったように見えたり聞こえたりするのは日常的によく起きることです。やはりわたしは料理のことを思い出します。ふだん自分でつくっているわたしは、よく自分でもつくるし、何度も食べたことがある料理でも、外で食べるといろいろなことに気づかされます。クラブで音楽を聞くこともそうです。あ、やっぱこの曲好きだなー、なんていうのは序の口で、目から鱗ならぬ耳から知識が、思い込みがぽろりと落ちることがあります。

DJ HIROKAZ "BINRAN CONTINUE" http://d.hatena.ne.jp/hirokaz_nakamura/

そういう意味で、HIROKAZのブログで、わたしが高校生だったころ文化祭で教室を黒いゴミ袋で覆ってむりやり暗くしてカセットデッキでクラスメートと交代交代でDJをするなんてことをせずにはおれなかったほどディスコミュージックが全盛だった八十年代後半に聞いた曲(Michael Sembello "Maniac")を、あらためてこうして聞くと、わたしが高校生だったころとか八〇年代とかディスコとか、そういう言葉でこの曲を聞いていたわたしが否定され、わたしが高校生だったころでも八十年代でもディスコでもない音としてわたしの前に立ち現れる[=現前する]ことがしょっちゅうあって、あらためてDJという仕事の偉大さに驚いたりします。言葉にまみれていたのでも支配されていたのでも思い込まされていたのでもなくて、どこまでも無心に、ただただ聞いていても記憶するには言葉が必要になるそのとき指示していた言葉を介してしかわたしたちはその曲に触れることができないのです。はっぴいえんどの「風街ろまん」など記憶に新しいところです。あらためてこうして聞くことができた、主に八〇年以降に生まれたひとたちが、七〇年代とかフォークミュージックとか神田川とかそういう言葉から「風街ろまん」を自由にしてくれたのだと思う。だけどそのときまた別の言葉を媒介にして「風街ろまん」を聞いていることを忘れてはならないと思う。どんな言葉でこの曲を聞いていたかは、さらに別の言葉でこの曲を聞くことができたときにあきらかになることでしょう。

あらためてこうして書いてみる、文字を展示してみると気づくことがたくさんあります。書くことは、あらためてこうして考えてみることです。表象に与えられたこの力のことを、ブレヒトが異化と名づけたことは有名ですが、要するにそれは、あらためてこうして○○してみることだと思う。なにをどうするもどうしないもなく、そういう問題ではなく、あらためてこうして眺めてみる、食べてみる、聞いてみる、考えてみる。まちがいなくこれは表象に与えられた使命です。言い換えれば、表象とは、どこまでも行為でしかない/であるほかないものである、ということです。

re-presentation[表象=(再)現前化]という言葉がずっとわからなくて、いや、わかるんだけど、むしろわかってしまっていることが疑わしくて、この十年くらいのあいだ、ずっと気持ちが悪いままヨーロッパの哲学書を読んできたような気がします。おそらくそういうひとは多いと思います。そしてこの言葉[representation、表象、代理、再現前化]を使って書いているひとの文章を読んで、おまえ本当はわかってないだろう、ただなんとなくかっこいいから使ってるだけだろうと思ったことが何度もあると思う。誰とは言いませんが、目もあてられないほどひどいものもたくさんありました、読んできました。だけど辞書を引いても書いてあるわけでもなく、たとえ書いてあったとしてもなにがそれでわかるわけでもないので、意識的にこの言葉をXとして括弧にくくってしまって、ひたすらその前後に書かれていることを、余白を、意味をわたしは読んできました。読んでいたのは主にフランスの哲学者たちの本で、ジャック・デリダラクー=ラバルトとジャン=リュック・ナンシーです。それでも最近少しだけ、わかり始めたことがあります。あらためてこうして考えるために、ここに書いてみたいと思います。

re-presentation[表象=(再)現前化]。そもそもどうしてこんな複雑な書き方をしなければならなかったのか。そこにはかならずフランス語を日本語に翻訳する=表象するの際の困難があるはずだと思いました。「おまえ本当はわかってないだろう、ただなんとなくかっこいいから使ってるだけだろう」に陥ったしまったひとたちの多くが、現前化と再現前化におおきな違いを見ているようですが、まずこれが違います。どうやらオリジナルとコピーとか、アニメや漫画によく使われる二次創作なる言葉に惑わされているようです。実際そういうひとたちが教科書にしている「おまえ本当はわかってないだろう、ただなんとなくかっこいいから使ってるだけだろう」さんたちの文章の中ではそのような意味として使われています。ひどい話です。なぜならそんなところに表象が抱えた問題は、問うべきことはひとつもありはしないというのに、まるであるかのように思わせるからです。

現前化も再現前化もおなじことです。表象であることには変わりません。だったらどうして「再」という言葉を頭につけたりつかなかったりするのかというと、現前化は、つまりは表象は、一度しか行為できないものでは原理的にも現実的にもありえないことを、何度でもやり直すことができるどころか、この「何度でもやり直す」ことそのものであることを翻訳者[=哲学者]たちは注意を促しているのです。表象することは無限に表象し直すことである。つまりは再現前化という可能性を奪われた現前化は現前化ではなく現前[presence、実在]であると、この訳語(re-presentation[表象=(再)現前化])は言っているのです。「あらためてこうして」は、すべて再「あらためてこうして」なのです。知識、すなわち全体化されたもの(=実在という観念)から自由にする/になることなのです。なぜなら「あらためて」だからです。どの「あらためて」も、たとえいまここにいるわたしにとっては一度目でもすでにn度目なのです。

そうではなくて、哲学者[=翻訳者]たちが決定的な違いを見ているのは、現前[presence]と現前化[presentation]のあいだなのです。後ろに「化」がつくかどうかですべては決まると言っても過言ではありません。日本語の「化」とは行為を表す言葉です。もしくは行為に、運動に、ある種の変化に、思考に、生成にそれを見ることです。「それ」とはすべてのことです。ありとあらゆるすべてのことを「もの」として見るか「生成」として見るかはギリシアの時代からわたしたちが延々と議論してきたことです。この対立は「現前」と「現前化」にも引き継がれています。

十年くらい哲学書と呼ばれるものを読んできて、ようやくわたしが気づいたこととはこのことです。このこととは、表象とは、ものではなく生成であり、運動であり、人間的に言えば行為することであり、思考することであり、生きることだということです。その思想が「表象=(再)現前化」という独特なフランス語=日本語の訳語の中に静かに、だけど確実に込められているのです。表象とは壁に掛けられた絵画のことではなく、それを言うなら壁に絵画を掛けることです。という意味で、音楽を(再)現前化するDJという仕事など表象そのものであると言えるかもしれません。わたしはアンディ・ウオーホルの仕事を思い出しています。そして目黒の美術館で見た石内都の写真展(「ひろしま/ヨコスカ」)を思い出しています。描いたもの、撮ったもの、作ったものを展示するのではありません。表象とは、なにはさておき展示することなのです。この何度でも、それが何度目であっても、最初であること、そして最後であることだけは決してない、あってはならないn度目の中で展示する[re-presentationする]というカテゴリーの中に「描く」や「作る」や「書く」や「食べる」や「歌う」や「踊る」や「滑る」や「飛ぶ」や「走る」や「蹴る」や「弾く」や「笑わせる」や「読む」や「唱える」や「撮る」や「編集する」や「鑑賞する」があるのです。これらすべてが表象です。それが誰かの、自己も含めた他者[autre]の前であるなら、すべてはre-presentation[表象=(再)現前化]することです。あらためてこうして「表象」することなのです。とわたしは思うのです。と表象=(再)現前化するのです。と表象=(再)現前化するのです。と……。

盲者の記憶―自画像およびその他の廃墟

盲者の記憶―自画像およびその他の廃墟

近代人の模倣

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神的な様々の場 (ちくま学芸文庫)

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光のなかにしっかりおさまっている

夜と灯りと (新潮クレスト・ブックス)

夜と灯りと (新潮クレスト・ブックス)

5月6日発売の『すばる 6月号』に、クレメンス・マイヤー『夜と灯りと』の書評を書きました。原書がドイツ語のもの(であると知っているもの)を日本語で読んでいるのに素晴らしい一行が、その一行と別のまた一行の連なり、というより飛躍と呼ぶほかない思いがけない意味に、つまりは乖離することで接続する言葉の冒険に出会うたびにいちいち英語に翻訳したくなるほどこの小説は英語で書かれたたくさんの小説とのあいだで書かれています。そうわたしは断言します。(ドイツ語がまったくできないのでわからないけど、おそらくとても優秀な!)翻訳者のひとはあとがきでヘミングウェイやブコウフスキーの名前を挙げていますが、わたしが一番強く何度も思い出したのはジェイムス・ジョイスでした。それも『ダブリナーズ(ダブリンの市民)』の「死者たち"The Dead"」でした(日本語で読むなら断然おすすめなのは高松雄一訳!)。風景を言葉で表すのではなく、言葉がそのまま風景として、ちょっとやりすぎじゃないかと思うほど馬鹿みたいに晴れた春の散歩の途中で見かけた電信柱のように、すっくとそこに立っているのです。

正直、驚きました。これほどまでの小説をいま、そう、いま書くひとがドイツにいたということに。それも旧東ドイツの都市でありバッハが生涯を捧げたルター派の教会があるライプツィッヒで下層の仕事に従事して、いまもそこで暮らして=書いているひとであることに。クレメンス・マイヤー。だけどその特異性、彼の出自や民族や性別は一瞬にして無化されるほど強烈な言葉の権能(=平等!)がこの小説の中には働いています。要するに、言葉を読む意志を持つものであるなら誰でも読むことができる小説であるということ。純粋言語(ヴァルター・ベンヤミン)。という意味では、レイナルド・アレナスの自伝としての小説も、小説としての自伝も、どちらも同時にわたしは思い出しました(ああ、またすぐにでも彼の文章に触れたい! 読みたい! 彼の書いたものはみんな好きだけど、中でも特に好きなのは『ハバナへの旅』に収録されている「最初の旅……エバ、怒って」)。日本語で読めない彼の小説は、スペイン語ができないわたしは英語で読むことしかできないけど、どれも「言葉を読む意志を持つものであるなら誰でも読むことができる小説」でした。「最初の旅……エバ、怒って」は、わたしがいまでも一番好きなファッション小説でもあります。ニットとは、布と呼ばれる物ではなくて編むこと、運動すること、こころを動かされること、踊ること。とにかく編んで編んで、編むものがなくなれば洗濯紐でもなんでも引きずり下ろして縒って編むこと、そして着ること! 踊るふたりを見てもらうこと!

クレメンス・マイヤーの灯り好きには、ほんと驚きました。これほど何度も同じ風景を、似たような風景ではなく、優れた映画作家の作品がそうであるほかないように、まったく同じ風景が、それはいつも夜と灯りが、中でも特に街灯が、それを見ている(=読んでいる)わたしたちのほかに誰も見てない、通りすがりの風景として登場する小説は、少なくともわたしは読んだ記憶がありません。わたしも街灯が好きで、それはいつも「外灯」と、外であることを強調しながら書くのだけれど、壊れてカヴァーの割れ目から直の、裸の光が夜の中に洩れて虫が盛んに飛び交っている公園の池の端の、あるいは高校の昇降口の階段の横に立つ、そしてまだわたしが見たことのない、もしかしたら誰も知らない、見向きもしない水銀灯のとてもきまじめな、定刻通りに火が灯る夜のお勤めなのかもしれない。わたしは外灯が好きです。気づいたときは外灯を好きにならざるをえない人生の中に放り込まれていました。思い出すのはいつも夜の音です。光のまわりに集まっているのは虫やわたしたちの視線だけではないのです。音もまた孤独な光と、いまここで見ているわたし以外の誰も目にしていない夜と光と親和するのです。夜と光と親和するのは音だけであり、それはどうしたって言葉にならずにおれない感情なのです。青山霊園の西麻布方面へ降りる坂道の外灯が好きです。根府川の蜜柑畑の急な斜面を降りた先で渡る線路っぱたのまっ黄色な外灯は黄泉の国の提灯のようにわたしの行く先をいつも明るく照らしてくれます。青白いのも、嘘みたいにオレンジ色な高速道路の外灯も、UFOみたいに十字路のまん中に浮かんだ外灯も好きで、見れば口をぽかんとあけていつも、いつまでも眺めています。夜のパーキングエリアから眺める外灯の下の長距離バスの座席が並ぶ透きとおった車内も、ジュラルミンのコンテナを曳くトレーラーの運転席で窓に小汚い靴下の足の裏を見せて寝っ転がりながら漫画雑誌を読んでいる彼の私生活を覗き見るのも好きです。そういう是が非でも灯りをともして見てみたいひとたちの生活が『夜と灯りと』と題されたこの小説群の中にはあります。小説「集」というより小説「群」。降り始めの雨がアスファルトに残す乱れたリズムと月の前を遠慮なく横切る夜の雲の濃淡が、パソコンのマウスの裏にこびりついた油っぽいほこりの粘りの気まぐれとそのどうしようもなさが、起きなきゃいけない朝のまぶたの重さが、まどろみがこの小説にはあります。そして誰もが、いつもなにかを待っている。そこが好き。どうしようもなく好き。『がんばれ!クムスン』(ペ・ドゥナ主演!)の、あのイッちゃった旦那の焼酎の早飲みをするときの掛け声くらい好き。自動販売機の土台のコンクリートと本体のあいだにあるボルトが好き。わかる? ネジ一本で、いや四本と言うべきなのかわからないけど、あれだけで地面と夜空のあいだで踏ん張っている姿というか、たたずまいが好き。椿鬼奴が好き。彼女の道路工事で断水したみたいに涸れた声量と八十年代へ心中めいた、変態めいた傾倒が好き。あの諦めっぷりが、自己の絶望っぷりが好き。あら、いまわたし、なんの話をしてたんだっけ? そうだ。クレメンス・マイヤー。彼の小説の一番好きな箇所を、いくつもある一番すきな箇所のひとつを、最後の最後に引用します。

おれはポン・ジ・アスーカルに立って、グアナバラ湾を見下ろしている。今は夜で小さな島々にはいたるところ灯がともっているのが見えて、島の間にはずっと遠くまで船の灯りが見える。おれの後ろの空は明るい。星じゃない。リオ・デ・ジャネイロだ。……「南米を待つ」

すばる 2010年 06月号 [雑誌]

すばる 2010年 06月号 [雑誌]

ハバナへの旅

ハバナへの旅

ダブリンの市民 (福武文庫)

ダブリンの市民 (福武文庫)

未開の映画

4月26日発売の『ユリイカ 特集*ポン・ジュノ』にエセーを書きました。『グエムル 漢江の怪物』を観て以来なんだかずっと、ほかの監督の映画を観ているときもポン・ジュノの映画について考えさせられていたような気がします。それくらいインパクトがあったのはもちろんのこと、ただインパクトがある/あったというだけでは言い表せないなにかがポン・ジュノの映画にはあるのは確かで、いや、確か過ぎるくらいで、それはなになにであると言い切ることができないのは百も承知の上で書きました。きのうも西川美和監督の『ディア・ドクター』を観ながら『母なる証明』を思い出していました。伊野治(いのおさむ)が白衣を着た怪物に見えました。

それがなんであれ、たとえどんなに否定したいものであっても、目に見えるすべてのものはそれの代わりの隠れ家であり、そこに住む人間がどんなに変わっても、変わったかに見えても、それは寝ずの番をしていることをポン・ジュノの映画はつねに心得ている。それは何の怪物であるのかと問うことは一見まじめに見えるがその実、ただ単に答えが欲しいだけのわたしたちの弱いこころのあらわれであることを忘れない。怪物は何の怪物でもない。あるいは同じことだが、何の怪物でもあるからこそ怪物なのだ。

石の娘

先月、フットサルの練習にお呼ばれして、二十年ぶりにサッカーボールを蹴って、走って、ターンして、何度も転んで、膝を痛めた。わたしは膝を痛めた。わたしはわたしの膝を痛めた。痛めた膝はわたしのもので、ひどくわたしは痛みを感じていた。わたしの膝だと思っていた膝が、もはやわたしの膝ではないのではないかと思うくらいひどく痛めた。壊れた? 痛めた。痛めた痛めた書くからわたしだの、わたしの膝などとうるさい言葉が出てきてしまうのだから、ここはただ単に膝が壊れたと書くべきなのか。だがそれは誰の膝なのか。壊れた膝は、わたしの膝ではなかった。特に階段を登るとき、それはわたしの膝ではなかった。膝ではあるかもしれないけれど、わたしの膝ではなかった。自分の膝から下がそこにあるまま消えたような、石になったような、恐怖の体験だった。

痛みという言葉の落とし穴をわたしは見つめた。大事なことを口にするとき、あるいは書くとき、実によく使われる言葉である。自分のおなかを痛めた子ども。なのに愛せないも、だから誰よりも愛しているも根は同じだ。愛と痛みを結びつける思考が働いていることには変わりない。仮にもし自分の子どもが石であったら。そこにはどんな小説が、言葉の私生児が流れ出てくるのか。泡のように隣りの言葉とくっつきながら膨らみ、あるものは破裂し、またあるものは泡の内側にぽこぽこ子どもを宿すように増殖してゆく言葉の透明を見つめるようにして考えていた。渡邊聖子の写真を見ながら、壊れた左膝のまん中で石のようにごろごろしている骨をさすりながら、わたしはそんなことを考えていた。

……渡邊聖子「否定」 会期:2010/02/23〜2010/02/28 企画ギャラリー・明るい部屋
参考:artscapeレビュー(飯沢耕太郎氏)

自分はどんな傷を負っているのか。いつどこで、どんな傷を負わされているのか。見つめる。それはなにも作家の仕事だけでなく、人間にだけ課せられたものでもなく、すべてのものに負わされている使命だと思う。わたしにとって、それはなにかを言うことでした。なにを言うかはこの際問えない。問わない。言葉はいつでもわたしの傷でした。

いまここで思い出話をすることはしません。傷は思い出ではありません。話すことさえできないものです。そして数えることさえできないものです。

ずっとずっと、そしていまもわたしは悲しかった。この悲しみはつねに過去形でしか書くことのできないものでした。その渦中であってさえ遠く離れ、まったく別の次元から眺めることしかできないものでした。それがわたしの傷でした。そしておそらく誰の傷も、そうであるほかないものであるからこそ傷となり、それは存在するよりも先に刻まれていたものではないのかとわたしに想像させるものでした。通路でした。わたしはわたしの傷からこの世界を見つめるひとつの目でした。

こうしていままたわたしは自分自身の傷をえぐり出そうとしています。たとえどんなことであっても話すことは、言うことは、そしてなにより書くことは、わたしの傷なのです。わたしは傷なのです。

塩鶏じゃが ……翻訳料理のすすめ

塩鶏じゃが:田口 成子

レシピブログを本家である当ブログと統合することにしました(レシピブログにアップした記事もこちらへ順次移動させる予定ですので、料理ブログとしてお使いになりたいときはカテゴリー機能を活用してください)。レシピだけを独立させるとどうもわたしは身構えてしまうようで半年も更新を滞らせてしまいました。これからは、期せずして編み出してしまったオリジナル簡単レシピだけでなく、わたしが普段お世話になっているレシピ本やネットで見つけた大好きな料理研究家さんたちのレシピの中から実際に自分でつくってみて、こりゃうまいと感激したレシピについても書きたいと思っています。

NHKの月刊誌『きょうの料理』が好きです。いろいろレシピ本を買ってみて、そして実際につくってみて『きょうの料理』に行き着いたわたしのようなひとも意外と多いのではないでしょうか。数年前にページがワイドになって、ぐっと使いやすくなりました。ネット版(http://www.kyounoryouri.jp/)にも本の三分の一か半分くらいのレシピが紹介されています。食材や料理名で検索することもできるので頻繁にわたしも使っています。

その中に、鶏のもも肉を使った『塩鶏じゃが』という変形肉じゃがを発見して、これはと思ってつくってみると思いのほかよくできた、よく考えられたレシピで、簡単なのにすごく丁寧で繊細な味の肉じゃがでした(ちょっとだけアレンジして、貝割れ大根を刻んだものをのせてみました)。肉じゃがは、イギリスに留学した東郷平八郎が帰国後つくらせた「シチュー」が起源のようですが、シチューが肉じゃがになるだけあって、いわゆる日本の味の象徴的レシピと言えるのではないでしょうか。彼氏につくるレシピにはかならず載ってますし、肉じゃががつくれる女の子は好感がもてるうんぬんなどといううざったい話もよく耳にします。

ならばいっそもっとシンプルに、と考えられたケンタロウのフライパン肉じゃががわたしは好きで、何度もつくったことがあります。元は彼の母親である小林カツ代の肉じゃがで、ためしてガッテンで紹介されている通り「炒め蒸し」して味を凝縮させるところがポイントです。味付けは、醤油:味醂:砂糖=2:1:1。典型的な日本の味です。そしてこれは、田舎に泊まろうや、突撃夕ご飯的な番組で、そして多くのひとが自分の実家で目にする「茶色い食卓」を結果させる味付けでもあります。日本の食卓に並ぶ料理はどれもみな茶色く、食材の違う同じ味がするのはこの醤油:味醂:砂糖の黄金比があるからです(それはサッカーのフォーメーションのごとく2:1:1、2:1:2などと食材や地域によって変化します。よく簡単料理などに使われるめんつゆをわたしが使わないのはこの比率を固定することになるからです)。なにもこれは日本に限った話ではなくて、どこの国や地域にもそれぞれの黄金比があり、食材の違う同じ味であることはいろいろな国や地域の料理を食べたりつくったりすることでわかってきました。

これは料理に限った話ではないですが、わたしは母国語ならぬ母国料理をレシピも見ずにすらすらつくって、ああ、やっぱりこの味が一番だとか、なつかしいと感嘆するのもされるのも苦手です。母の味、などと述懐されると身の毛がよだちます。いつでも母国料理を翻訳し破壊する欲望にかられています。そこへ行くとこの「塩鶏じゃが」は、なかなか破壊力のあるレシピです。じゃがいも、バター。発想の起源にはおそらく北海道があるのでしょう。その地域にしかない料理は内なる外国の料理で、瀬戸内海も含めた世界に点在する地中海地域を旅しているような気分になれます。火を通す前に擦ったにんにくと塩で鶏肉にマリネーゼするように下味をつけておくのがポイントです。これ絶対です。マリネは繊細さと野性味を同時に表現することができる極めて優れた料理手法です。

詩はあらゆるところにあると思われた。イタリアの農夫の魚のスープ、荒っぽい香料のたくさん入った料理、赤唐辛子、粗塩のかかった生のトマト、脂を塗ったり、にんにくのスープに浮かべたりして食べる固いパンといった風味の強烈な攻撃から逃れることはできなかった。しし鼻の田舎者が夜明け前から起きあがり、灰のなかから昨日の燃えさしをみつけだして火をおこし、哲学的な穏やかさで「これが私の火だ」と言い、胡瓜とキャベツの表面に蒸気が珠となって鍋が歌い、素朴で旺盛な食欲が湧きあがってくる。そしてこのようなありきたりの風景のなかにこそ詩は隠れているのである。(ロベール・ブラジャック『ウェルギリウスの存在』 福田和也『奇妙な廃墟』所収)

外国料理を外国料理として、あくまでもその味を忠実に再現するような(男の)料理をするのもわたしは苦手です。ワイン片手に、これが本場の味だと自慢するのは、原語でなければ本当の意味で小説を味わうことにはならないなどとわかったようなことを口にするのに似ています。

わたしは翻訳料理がしたい。外国語を辞書も引かずに原語ですらすら読むのでも、母国語を斜め読みするのでもなく、あくまでも、そしてどこまでも、たどたどしく翻訳する料理がしたい。レシピを見ながら/読みながらつくる逐語訳が理想の料理がしたい。わたしは料理をすることで旅をしたい。食べることでいまここから、わたしの中から抜け出したい。そうでなければ食べることも、料理をすることもないでしょう。

君に届け

それはもちろんtwitterで、いま自分が思ったことを、ぱ、とその場でつぶやければいいと思う。それが一番いいと思う。などとこの場で、つまりはブログで、ぱ、とこんなことを書くことができるわたしが言うことではないかもしれないけど、あくまでもそれは、できればの話である。できないひとがいることを、どうか忘れないで欲しい。

それができるひとからすれば、なんでそんなことができない? やれないんじゃなくて、やろうとしないだけなんじゃないかと思うかもしれない。けど実際は、そうじゃない。クラスで友だちと普通に話せばいいじゃないか、自分から話しかければいいじゃないかと思うかもしれないけど、その普通が実にやっかいで、どうしても彼女にはその普通ができない。普通でないことならいくらでもできるけど、その普通だけが彼女にはできない。

言えばいいわけにしかならないのがわかっているから、いまはなにも言いたくないしなにも言えない。ただできないものはできないだけで、嫌なものは嫌なだけで、なにに文句があるわけでも、ましてや恨みがあるわけではない。ただ普通であることを、自然にそうできることを自分に押しつけようとした途端に文句が言いたくなるし恨みで体が熱くなるのがわかる。つぶやかれているすべてのことが教室や女子トイレでなされる噂話みたいなものに思えてしまう。どうしてもそう思ってしまう。みんなのことを嫌いになどなりたくないのに嫌いと思ってしまう。だからいまはなにも言いたくないしなにも言えない。ましてやそれをtwitterでつぶやくことなどできない。そもそも彼女は携帯電話すら持っていない。

そんなの信じられないとひとは言うかもしれない。気が知れないと思うかもしれない。けどひとりでいるときはひとりでいることになんの不満もなかったし不思議なことなどひとつもなかった。自然だった。嫌々したことなんてひとつもなかった。たとえこれからどれだけすいすいつぶやくことができるようになったとしても、この自然だけは彼女の中から失われることはないと思う。誰かのことを強く思うことと、誰かに思われない自分を思うことは、祈りと恨みくらい違うことだと思うから。

……DJ HIROKAZがブログ"BINRAN CONTINUE"で紹介してくれた宇多田ヒカルの"Letters"を聴きながら『君に届け』の漫画とアニメのあいだを往ったり来たりしながら、彼女たちが絵と言葉とその声の中で生きている崇高な関係を思いながら。
☆アニメ『君に届け』公式サイト☆ http://www.ntv.co.jp/kiminitodoke/

その他のすべてのもの

国民経済学、すなわち富についてのこの科学は、同時に諦めの、窮乏の、節約の科学であり、そして実際にそれは、きれいな空気とか肉体的運動とかへの欲求さえも、人間に節約させるところにまで達している。驚くべき産業[勤勉]の科学は、同時に禁欲の科学であり、そしてそれの真の理想は、禁欲的ではあるが、しかし暴利を貪る守銭奴であり、禁欲的ではあるが、しかし生産をする奴隷である。それの道徳的な理想は、自分の給料の一部を貯蓄銀行へおさめる労働者であり、そして国民経済学は自分のそうしたお得意の思いつきのために、一つの卑屈な芸術すらみつけだしたのであった。それが涙ぐましくも上演されたのである。それゆえ国民経済学は、──その世俗的な快楽的な外観にもかかわらず──真に道徳的な科学であり、なによりましてもっとも道徳的な科学なのである。自制、つまり生活とすべての人間的欲求との断念が、その主要な教義である。食べたり、飲んだり、書物を買ったり、劇場や舞踏会や料理屋へ出かけたり、考えたり、愛したり、理論的に考えたり、歌ったり、絵をかいたり、フェンシングをしたりすることなどが少なければ少ないほど、それだけますます君は節約しているのであり、それだけ紙魚にも埃にも蝕まれない君の財貨、君の資本が大きくなる。君がより少なく存在すればするほど、君が自分の生命を発現させることが少なければ少ないほど、それだけより多く君は所有することになり、それだけ君の外化された生命はより大きくなり、それだけ君は君の疎外された本質をより多く貯蔵することになる。国民経済学が君の生命から、君の人間性から奪いとるすべてのもの、それを彼は君のために貨幣と富とで補填してくれる。そして君にできないすべてのことを、君の貨幣はやることができる。貨幣は、食べたり、飲んだり、舞踏会や劇場に出かけたりすることができるし、芸術、学識、歴史的な稀覯品、政治的権力を[入手することを]心得ているし、旅行することもでき、君のためのすべてを獲得することができる。それはすべてのものを買うことができる。貨幣はほんとうの資力だからである。しかしこれらすべてである貨幣も、自分自身を創造すること自分自身を買うこと以外のなにごともしようとしない。なぜなら、その他のすべてのものは、実際のところ、貨幣の奴隷だからである。(カール・マルクス『経済学・哲学草稿』第三草稿 訳・城塚登・田中吉六)

資本主義経済のただ中にいるわたしたちにおいては、すべてのものが貨幣に集中する。わたしたちは豊かにならんがために貧しくなった*1。デフレなのではない。物価が下がりつづける悪循環にいまこの国の経済は陥っているのではない。いまに始まったことではない。禁欲を批判し、生命の発現の減少を嘆き、まるでわたしたちの購買意欲を煽るようなマルクスの姿勢に驚いたひともあるいはいるかもしれない。多くのひとびとが読まずに抱いているであろう共産主義のイメージとはおおきくかけ離れたことがここには書かれているかもしれない。だが問題なのは、需要と供給のバランスがうんぬんだとか、ジーンズが千円以下で買えるようになるほど物価が下がることは得なのか実はいずれかならず損することになるのかでも、失業率でも、国の金融政策でもその失策でも、補助金の出る出ないでも予算の仕分けうんぬんでもなく、それ以前にわたしたちが「その他のすべてのもの」と共に貨幣の奴隷になりさがっていることである。

「それに見合った給料は支払われているか」という実に奇っ怪で、奇妙奇天烈な問いをおおまじめにするひとがいる。たいていそのひとは、目くじら立てて怒っている。さらには同じその舌が「お金に換えられないものがある」とかのたまうのだから、謎はさらに深まるばかりである。いったいいくらもらえばわたしたちの一日は贖われるのか。いくら支払われれば労働に囚われたわたしたちの魂を救済することができるのか。「自制、つまり生活とすべての人間的欲求との断念が、その主要な教義である」偽りの宗教に、その声に耳を貸すなとマルクスは言う。共産主義が妖怪になる以前に妖怪であるもの、共産主義が、コミュニズムがおのれの全存在を賭けて否定し自己の魂と身体と共に消し去らなければならないもの、贖われなければならないもの、止揚されなければならないもの、それは「ヨーロッパ」であり「キリスト教」であり、その歴史である。それは同じひとつの主語であり主人である。明日のために今日を犠牲にしてでも貯蓄せよ、他人を踏みにじり犠牲にしてでも貨幣を獲得せよとわたしたちに命じているのはこの主人でありその構造である。

ワインを作るためのブドウを買う権利を買った男の話を聞いたことがあるだろうか。では、ワインを絞るための圧搾機を収穫の時期に借りる権利を買い占めた男の話は? その男たちがその権利を行使することなく権利を売ったり買ったりすることで利益を得るようになったという話は? こういうずるがしこさを賞賛するのをその旨とする雑誌をいま現在この国で発行されている雑誌から差し引いたらいったい何誌がコンビニのマガジンラックに残るだろうか。貨幣によって/において贖われ、救われてしまう「その他のすべてのもの」とはこの大地であり、動物であり、その息吹であり、わたしたちの労働ももちろんそこに含まれる。異教徒たちの大地を、その身体を、魂を奪うために南米へ、東南アジアへ、そしてアフリカへと船を差し向けたのは大航海時代の「ヨーロッパ=キリスト教」だけではなく、それは「資本主義」というかたちなきかたちに姿を変えて、ファンドを募り、投資された貨幣という名の権利[=権力]によって、いまなお暴利を貪っているのだ。アフリカの内戦の悲惨は起こるべくしていまなお起きている、資本主義に魂を売ってしまったわたしたち「ヨーロッパ=キリスト教」徒たちの罪過なのだ。「その他のすべてのもの」を抱えることの苦しさから逃れるために、ただそれだけのためにわたしたちはそれだけのことをしているのだ。

わたしたちはわたしたちの悲惨を、わたしたちの「その他のすべてのもの」をわたしたち自身の内へ留めておく必要がある。これはいつでも危急の、わたしたち自身の課題であり問題である。ある者はそれを「命」と呼ぶかもしれない。そして別のある者はそれを「生きる権利」と呼ぶかもしれない。だがしかし、わたしたちはわたしたちの悲惨を、わたしたちの「その他のすべてのもの」をわたしたち自身の内へ留めておく必要があることに変わりはない。

経済学・哲学草稿 (岩波文庫 白 124-2)

経済学・哲学草稿 (岩波文庫 白 124-2)

貧しさ

貧しさ

*1:我々においては、すべてが精神的なものに集中する。我々は豊かにならんがために貧しくなった。(フリードリヒ・ヘルダーリン「精神たちのコミュニズム」 フィリップ・ラクー=ラバルト『貧しさ』所収 訳・西山達也)

模倣の受難者

ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひ[隠ろひ]につつしづ心なけれ 茂吉

この歌を読みながら、ときに小さな声で口ずさみながら、わたしはこの歌を幾度も写生してきた。「イメージしてきた」と書いたほうが分かりやすいのだろうが、どうだろう、それではまったく違うような気がする。むしろ茂吉の「写生する」をまねびに「イメージする」をまなびたいとわたしは考えてきた。
イメージは「する」ものでなく「ある」ものなのだと茂吉は歌う。「もの」ではなく「ある」のなかに自分もあろうと欲する。ある? むしろ自己が消え入る。正岡子規の呼びかけに応えるように茂吉が短歌という目に見えるかたちで奇跡を起こした「写生」とはいったい何なのか。「短歌写生の説」のなかで茂吉はこう書いている。

実相に観入して自然・自己一元の生を写す。これが短歌上の写生である。

「一元」とはつまり、いっさいの区別を失った状態である。自然も自己も区別を失った状態で「生」を写すとはどういうことか。たとえばそれは、風と自分の区別を失い、自分は「吹かれている」のか「吹いている」のか分からなくなり、「吹いている」のも「吹かれている」のも自分であるように感じる。吹いている自分に吹かれている自分? それを「自分」と呼ぶことに意味があるとは思えない。風は「風」のなかで吹くものであり吹かれるものである。自由に空を舞う風の又三郎のように。もはや「風」という言葉も必要ないのかもしれない。そこでもう一度この歌を読んでほしい。この歌のなかには「風」という言葉がどこにもないのに風が吹いているのだ。

ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ 茂吉

見えない風はどこに吹いているのか? というより、風はいつでも見えない。見えるのは揺れる洗濯物であり、流れる雲であり、葉の揺らめきであり……。沈黙のささやき、見えるものがそっと教えてくれる見えないものの祭りのなかへ。

紅[くれなゐ]のちしほのまつり山のはに日の入ときの空にぞありける 実朝

見えないものの彼方ではなく、むしろ見えるものにおいてしか表れることのない不安、孤独、静心なく打ち震えるかたち、そのシルエット。詩人にとって、見えるものはすべて見えないもののまなざしである。一元的な生、身体を持つ誰かの命ではなく生命そのもの、自然の威力、風と呼ばれるエネルギーのなかで、大きな葉っぱが樹にひるがえり、傾きかけた陽光がその裏側からチラッチラッとこっちを見ている。
たとえば、街路樹のポプラは風を「風」だと知ることもなく、風という表現の一部分として風に吹かれる。雨が降れば雨に濡れ、夜になれば外灯に照らされ、日が昇ればまた紫外線を浴びる。「実相に観入して自然・自己一元の生を写す」とは、対象との距離を失い、自己の外へ放り出された視覚のなかで模倣する(〜の振りをする)、まねびからまなびを産み出す、経験できないものを経験する演劇である。
「傍観」という実に正直な言葉があるが、「見る」ことは本質的に経験と相反するものである。裁判にかけられる者を見る(傍聴席から)。磔にされる者を見る(十字架の下で)*1。殺される者を見る(殺されなかった者のひとりとして)。見るものと見られるものの距離は決して覆されない。その距離のなかで、つまりは言葉という嘘のなかで、詩人はみずからを磔にする。それが詩人という模倣の受難者である。たかが葉っぱのために? そう、たかが葉っぱのために。たかが桜のためにみずからの死を願わずにおれなかった西行のように。彼は亡霊ばかり演じた俳優である。世を捨てて、つまりは死んだ振りして、死後の夢ばかり見ていた名優である。

いのちをしむ人やこのよになからまし花にかはりてちるみとおもはば 西行

この「ひろき葉」は、「赤光」という時間を逆行する歌集に収められている。ただし初版の場合のみ。ぜひとも初版で読んでほしい。それは伊藤左千夫の「悲報来」から始まり「死にたまふ母」「呉竹の根岸の里」「塩原行」……、死後からその生前へ、大正から明治へ、さらに時間をさかのぼり、正岡子規へ、芭蕉へ、実朝へ、西行法師へ、そして「万葉集」を歌う(振りをしている)俳優・斎藤茂吉のまなざしである。


(……きのう朝方まで音楽家と俳優と演劇の制作者と音楽雑誌の編集者と、この風と葉っぱの話をしました。詩人にとって、見えるものはすべて見えないもののまなざしである。まったくその通りだと思う。2003年12月に『山形新聞』に寄稿した文章をいまのわたしが書いたものとしてここに転載します。)

*1:数々の対立や矛盾を経験した後、絶対精神がゴルゴダの丘において十字架にかけられる。ーー『精神現象学』はそんな衝撃的な光景で幕を閉じる。精神の長い遍歴はイエスの供犠がおこなわれた場所にたどり着く。精神は自然や歴史への自己外化を免れることはできず、その自己否定を概念的に把握し直さなければならない。ヘーゲルのいう概念とは、絶対精神が十字架に吊り下がり、絶命し、復活するありさまのことである。(西山雄二「ピラミッド、オベリスク、十字架 バタイユヘーゲルの密やかな友愛をめぐって」『現代思想 総特集*ヘーゲル 『精神現象学』二〇〇年の転回』所収) *言わずもがなのことだが「短歌」もまた「概念」のひとつの形式である。

つねにしてすでに命は

わたしたちは、生きている限り、つねにしてすでに命に脅迫されている。この「つねにしてすでに」という副詞をわたしが使うようになってすでにひさしいが、としか言いようがないところにこの副詞の強度はある。「わたしたちは、生きている限り、命に脅迫されている」ではなにかが、それも決定的ななにかが、その過剰さに対する過剰さが、意味が足りないのである。

そう、つねに、そして、すでに、わたしたちは命に脅迫されている。2004年4月にイラクの反政府組織によって三人の日本人が拉致され人質にされて自衛隊の即時撤退が要求された「自己責任」事件だけではなく、わたしたちはつねにしてすでに命に脅迫されている。右翼とは、直接暴力を振るう者ではなく、この原理原則によって/において交渉相手を脅迫し、屈服させ、自分たちの要求を押し通すことで社会を変革しようとする者である。だから「友愛」を唱える右翼的な政治家たちは、命を大切にするために育児手当の公約にし、命を大切にするために年金制度の維持・存続に奔走し、国民の命を核の傘で守ってくれる日米安保条約の許す範囲で基地の移転を要求する*1。「命は大切」という概念を理性概念[理念]に、原理原則にしている限り、わたしたちは命の脅迫に屈しつづけなければならない。この脅迫こそが、左翼を名乗る者たち、人権運動をする者たち、独立を獲得しようとする者たち、フェミニストたちのクリティカル・ポイント(=行動や言動、つまりはその運動の本質は、不可避にして不可欠なものはなにかと「燃えつきようとするろうそくのちらちらゆれる最後の光に照らし出され」る敷居*2、問われる境界域)である。「命は大切」による/における脅迫に屈することは直接的に精神を後退させる。それが右翼のやり方なのだ。よく知られているように、右翼とは、誰よりも命を大切にする者たちである。大震災が起きれば誰よりも早く災害地に駆けつけ炊き出しをする。警察の代わりに街の安全を、市民の、家族の命を守る。この星にこの僕として、この家族の一員として生まれてきたことに、この仲間と同じ時間を生きることができることに、共有できることに感謝するためにこの星の美しさを、カケガエノナサを、この一瞬のきらめきを、命の尊さを謳う。彼らは命を大切にする、こころやさしき者たちである。このやさしさこそが問題なのだ。

「命は大切」による/における暴力につねにしてすでにさらされ、彼らと同じように、いやそれ以上に「命は大切」と思うがゆえに苦しむ者たちがいる。産まない自由を、中絶する自由を、子育てや介護を放棄する自由を与えられない者たち、結婚させられる女たち。女として生まれた彼女たちは生まれる前から、つまりはあらかじめ命に脅迫される運命にある。それが「つねにしてすでに」の正体である。イジメの悪循環から抜け出せない者たち。彼女たちはクラスのいじめっ子に脅迫されているのではない。自分の命に内側から、内にある外からつねにしてすでに脅迫されているのだ。だから自殺するのだ。自分の命さえなければ、この命さえ抱えていなければいじめられずに済むことを彼女たちは潜在的に(=すでにしてつねに)知っていたから。鬱になる者たち。ノイローゼになる者たち。貧乏揺すりをする者たち。整形地獄に陥る者たち。薬漬けになる者たち。セクハラされても、痴漢されても、強姦されても言い出せない者たち。……虐げられた者たち。「命は大切」だからと、彼女たちの命を救うために運動することが逆に彼女たちの首を絞めることになりかねないというこの途轍もないアポリア、思考の袋小路。ラスコーリニコフは、命の脅迫という悪循環から抜け出すために、誰よりも「命は大切」と思っている、信じている自分が最もしたくないことを、できないことをみずからの意志でした者である。彼女*3が老女とその妹を命を奪ったことは果たして自己の命という脅迫に屈した(=奴隷になった)ことになるのか、それとも他人の命という脅迫に屈しなかった(=英雄になった)ことになるのか。それが『罪と罰』のテーマであり、描かれていることのすべてである(そろそろ「悪意」などというドストエフスキーが描いてもいないし描こうともしていなかった偽のテーマを忘れてもいいころだろう!)。『虐げられた人びと』に登場するネリーという名の少女は、自分に物乞いをさせた老人(「お祖父さん」)の命を救うために、彼が死んでもなお物乞いをする橋に立ちつづけなければならないのである。「つねにしてすでに」の正体、それは亡霊である*4

「それは夢だよ、ネリー、病気のときに見る夢だ。きみは今、病気だから」と私は言った。
「私もただの夢だと思ったの」とネリーは言った。「だからだれにも話さなかった。あなたにだけ何もかもはなしたかったけど。でも今日あなたがなかなか来ないので眠ってしまったら、夢に今度はお祖父さんが出て来たのよ。痩せて、こわい顔して、自分の部屋で待ってたの。そしてもう二日間なにも食べてない、アゾルカもだ、って私を叱るの。もう嗅ぎ煙草も全然なくなってしまった、煙草がないとわしは生きていかれないんだ、って。お祖父さんは前に本当にそう言ったことがあるのよ、ワーニャ。ママが死んだあと、私が訪ねて行ったときにね。そのときのお祖父さんはひどい病人で、もう何が何だか分からなくなっていたわ。それで今日、お祖父さんがそう言うのを聞いて、私、思ったの。また橋の上に立って乞食をして、そのお金でパンや、じゃが芋の煮たのや、煙草を買ってあげよう、ってね。そしたら私はもう立って乞食をしているの。見るとお祖父さんがあたりをうろついていて、少し経つと寄って来て、いくら集まったか調べて、自分のふところに入れてしまう。そしてこれはパン代だ、今度は煙草代を集めろって言うの。それからまたお金を貰うと、またお祖父さんが寄って来て取り上げてしまうの。そんなことしなくたってみんなあげるわ、隠しゃしないから、って私が言うと、お祖父さんは『だめだ、お前はわしの金を盗むのだ。ブブノワも言ってたぞ、お前は泥棒だとな。だからわしはお前を絶対に引き取ってやらんのだ。五コペイカ玉を一個どこへやった?』って言うの。お祖父さんに信用してもらえないので私泣いちゃったんだけど、お祖父さんは私の言うことなんて全然聞きもしないで、『五コペイカ玉を一個盗んだな!』ってどなって、その橋の上で私をぶち始めるの、とっても痛くぶったの。私わあわあ泣いてしまた……だから今思ったのよ、ワーニャ、お祖父さんはきっと生きていて、どこかを一人で歩いているんだ。私が行くのを待っているんだ、って……」

「命は大切」という理念ならざる理念、すでにしてつねに理念以上であるもの、現実、精神の現実、テーマにならないテーマ以上にわたしはテーマにするべきテーマを知らない。歴史を知る必要があるのも、考察する必要があるのも、このテーマにならないテーマをテーマにするのではなく、生きるためである。「命は大切」と思うのではなく、言うのでもなく、聞くのでもなく、生きるためである。負うべき責任を負うのではなく、負わなくてもいい責任を、いやむしろ負うべきでない責任を負うためである。それをわたしはイエスに倣って「愛」と呼ぶのだけれど。 

(→「またバルナバスなの!…女の子の文学5」……「愛」と呼ぶのだけれどと、いつかどこかで書いたと思い、探してみました。見つかりました。むかしこのブログがまだ掲示板だったころにした、カフカドストエフスキーサルトルをめぐるやりとりの中に。やはりテーマならざるテーマは、生きる、のようです。※文字化けしちゃってるときは、テキストエンコーディングを日本語(Shift jis)にしてください。)

*1:本当の意味での「国民主権」の国づくりをするために必要なのは、まず、何よりも、人のいのちを大切にし、国民の生活を守る政治です。……鳩山由紀夫首相の所信表明演説(2009年10月26日)

*2:ドストエフスキー罪と罰』第一部 2 訳・工藤精一郎 新潮文庫

*3:わたしはすべての虐げられた者たち、主体を奪われた者たちを「彼女」と女性の人称で呼ぶ。

*4:つまり、同じひとつの存在(註:ここでは「お祖父さん」)が「壁=システム」に見えたり「卵=人間」に見えたりすることこそが問題なのだ。……意志と自然の極北

神と見紛うばかりの

10月13日発売の『ユリイカ(総特集*ペ・ドゥナ『空気人形』 を生きて)』に掲載されたエセーで、主にポン・ジュノ監督の映画『ほえる犬は噛まない』(原題:フランダースの犬)の中のペ・ドゥナについて書きました。

ペ・ドゥナペ・ドゥナであることでペ・ドゥナではなく、ペ・ドゥナではないことでしかペ・ドゥナであることはできない。なぜなら彼女は女優だから。誰かの代わりを演じる、の「誰か」ではなく「の代わりを」演じる。特にこの「の」と「を」を演じる。誰か「の」代わり「を」演じる力。陶酔。不眠、もしくは目をあけてみる夢。「誰か」も「代わり」も「演じる」も同じひとりの女優の、ペ・ドゥナである。

見紛う、という言葉が好きです。同じくらい好きなのが、見たような、という言葉で、これは、みたいな、の語源で(とわたしは記憶しています)、宮沢賢治の童話で知りました。熊見たような男だ、みたいな使い方をします。わたしにとって、そしておそらく多くのひとにとって、見紛う、と言えばそれはもう「神と見紛うばかりの」であるのはなぜなのか。韓国の映画女優ペ・ドゥナについて書きながら考えました。

神と(しての)見紛う。神を見紛うことなく見ることはできないのは、神とは見紛う(という行為そのものの)ことだからだと思います。なぜなら、熊と見紛う(=熊を見たような気になる、熊みたいな、と思う、もしくは形容する)ことはできても、神と見紛う(=神を見たような気になる、神みたいな、と思う、もしくは形容する)ことは、現実的かつ具体的に言えば、できないからです。

では、ルルドの泉での少女ベルナデッタの経験はどうなのでしょうか。「水差しの水がこぼれないうちに、馬に乗って天国を一周してきたマホメット*1の経験はどうなのでしょうか。そのほかにもたくさんのひとが「わたしは神を見た」と証言しています。その神は、どんな顔をして、どんな姿をしていたのでしょうか。

神よりも神の似姿[表象]のほうが先にある(=あらかじめそれはある)。わたしはイエスの「アブラハムが生まれる前から、わたしはある」*2という言葉を、たとえばそんなふうに解釈しています。神の似姿[表象]とは、神に似せて作ることでも描くことでもない。なぜなら神に似せて作ろうにも、描こうにも、語ろうにも、神が作るや描くや語るといったわたしたちの行為よりも先にあることはないからです。「神」も「私」も同時に「ない」ものにする(=否定する、廃墟にする、関係という「外」の中に入る、無人称になる、Aufhebenする/される)ことでしか、わたしたちは神を作ることも描くことも語ることもできない。要するに、信じることはできないからです。マリアが確かにいたから、実在したから少女ベルナデッタは、ルルドの泉に立つ聖母マリアを見ることができたのではなく、彼女がマリアを見た(=見たような、みたいな象を、似姿を描いた、見紛った、証言した、語った、書いた、演じた)ことによって/においてはじめてマリアは存在する*3。白いドレスを着て青いベールをまとったマリアの似姿を描き、あるいは語る〈わたしたち〉*4のほうがマリアよりもつねにしてすでに先にある(「アブラハムが生まれる前から、わたしはある」)。

(……とってもわかりづらい話でごめんなさい。けどわたしにはどうしても考える必要があるのです。わたしは「生きる」と「信じる」について考え始めています。)

上に書いたように、神ではない熊の存在[presentation]はいっけん描くや作るや語るといった「表象する=〜の代わりになる」わたしたちの行為[representation]よりも先にあることが可能なような気がします。だけど本当にそうなのでしょうか。わたしたちは本当に熊を見ているのでしょうか。もし見ている(=見る対象が、見るという行為よりも先にある)と言うなら、熊「の代わりになる」画家の仕事は、描く、ではあっても、生きる、ではないと思います。わたしたちは、なにかを表象するとき、とたえそれが熊であっても、虫であっても、雲であっても神なのは、神と見紛うばかりになるのは、そのなにかを生きることだからだと思います。それ「の代わりになる」こと=主体化すること(自己も対象も、主体も客体も同時に否定し捨て去ることで、関係という外の中に入ること、死を耐え、死のうちで自らを維持すること*5、「ラザロよ、起きよ!」と呼びかける記憶*6、見ずに書くこと、闇のなかで書くこと*7)だからだと思います。ファーブル昆虫記の絵本作家として知られる熊田千佳慕は「わたしは虫である」と言いました。本当に、本当に素晴らしい絵です。

この「〜になる」=「生成変化」というジル・ドゥルーズの思想。いまここでわたしの言うところの〈生きる〉という「生成変化の中でしか開示され得ない永遠や、運動の中にしか出現しない風景」*8として、ペ・ドゥナが出演する映画『ほえる犬は噛まない』を観ることで、それをあなたも経験することができると信じて。

*1:ドストエフスキー『悪霊』第三部 第四章 最後の決定 5のシャートフの妻の出産場面で、キリーロフが「永久調和」と名づけて語る啓示、享楽、純粋経験としての死。

*2:ヨハネによる福音書8-58

*3:実在するには自分を存在するがままにしておくだけでいい、/しかし生きるには、/誰かでなくてはならない、/誰かであるためには、/一つの「骨」をもたなくてはならぬ、/骨をあらわにすること、/同時に肉を失うことを恐れてはならぬ。(アントナン・アルトー「糞便性の探求」訳・宇野邦一 河出文庫『神の裁きと訣別するため 』所収)

*4:虚構化とはつまるところ存在の主体なのである。(ジャン=リュック・ナンシー無為の共同体』訳・西谷修安原伸一朗 p.106)

*5:自己の中に閉じこもったまま静止し、実体として自分の諸契機を保持している円環は、直接的関係であり、それゆえ驚嘆すべき関係ではない。しかし自分を取り巻く環境から分離された偶然的なものそのもの、結びつけられ、他の現実的なものとの関連の内にのみあるものが、自己固有の定住と、切り離された自由とを獲得するということが、否定的なものの途方もない威力なのである。これこそ思惟の、純粋自我のエネルギーである。死は、我々がかの非現実性をそう呼ぶとすれば、最も恐るべきものであり、死せるものを引き止めることには、最大の力が要求される。[……]しかし死を恐れはばかり、荒廃から純粋なままわが身を守ろうとするような生ではなく、死を耐え、死のうちで自らを維持するものこそが精神の生である。精神が自分の真理を獲得するのは、絶対的な裂け目のうちに自分自身を見出すことによってのみである。(G.W.F.ヘーゲル精神現象学』序論『ヘーゲル 否定的なものの不安』所収)

*6:このようにして、G氏の制作には二つの事柄が現れる。一方は、蘇らせ、喚び出そうとする記憶の緊張、おのおのの物に「ラザロよ、起きよ!」と呼びかける記憶だ。もう一つは、火であり、鉛筆や絵筆の陶酔、ほとんど狂騒にも似たものだ。それは、十分に速く進んでいないのではないかという恐怖、幽霊を取り逃がしてしまって、そこから総合が抽出され把握されることなしに終わるのではないかという恐怖だ。この苛酷な恐怖こそ、すべての大芸術家たちに取り憑いて、表現のあらゆる手段をわがものにしたいと、かくも熱烈に欲せしめるところのものであって、それは、精神の下す命令が手のためらいによって歪められることが絶対にあってはならない、つまるところ制作、理想的な制作というものは、食事をした健康な人間の頭脳にとって消化作用がそうであるのと同じほど無意識で、同じほどすらすらゆくものでありたい、と望めばこそなのだ。(シャルル・ボードレール『記憶の芸術』 ジャック・デリダ『盲者の記憶』訳・鵜飼哲 所収 p.62)

*7:「私は見ずに書いています。やって来てしまいました。あなたの手に接吻し、そして引き揚げるつもりでした。私は引き揚げるでしょう、接吻という報いなしで。けれども、私がどれほど愛しているかをあなたにお見せできたなら、私はそれで十分報われたことになるのではないでしょうか。あなたを愛していると私は書く、そのことをあなたにすくなくとも書きたい。でも、筆が欲望のままに進んでくれるかどうかわかりません。私が口でそう言い、そして逃げ出すだけのために、あなたは来てくださらないのでしょうか? さようなら、ソフィ、おやすみなさい。来てくださらないということは、あなたの心が、私がここにいるのをお望みでないということです。闇のなかで書くのはこれが初めてです。この状況は私に、とても優しい思いをいくつも吹きこんでくれるはずです。それなのに、私が感じるのはたった一つ、この闇から出られないという想いです。あなたの姿をひとときでも見たい、その気持ちが私を闇に引き留めます。そして私は話し続けます、書いているものが文字の形をなしているかどうかもわからずに。何もないところにはどこにでも、あなたを愛していると読んでください。」ドゥニ・ディドロ(ソフィ・ヴァラン宛、一七五九年六月一〇日) ジャック・デリダ『盲者の記憶』訳・鵜飼哲 所収 p.124

*8:ジル・ドゥルーズ『批評と臨床』「第1章 文学と生」訳・守中高明・谷昌親・鈴木雅大

他人の国

選挙という嫌な季節がやってきた。政治家の口からポピュリズムという言葉を聞くたびわたしは片腹痛くなる。ちゃんちゃらおかしい。ポピュリズムにのっとってない政治があるなら見せて欲しいと思う。それは選挙によって選ぶのではない政治家たちの政治で、いまの日本の政治家の誰もが嫌いな共産主義の、それも一党独裁型のエリーティズムスターリニズムの、官僚主義の政治だ。そうでなければ国連だけが議会であるような政治形態なのか。当然のことだが、選挙制度(代表制)を維持しつづける限り、政治家がポピュリズムから、自国民の人気を得なければならないという強迫観念から自由になることはない。

だからわたしは選挙に行かない。行か「ない」といっても消極的にではなく、積極的に行かない。それがわたしの投票で、一票なのかと聞かれれば、そうではないとわたしは答える。単にわたしは選挙に行かない。国家というものは不可避にして不可欠の、エレメンタルなものであるという認識がないから? 確かに、それもある。けどその前に、選挙によって選択すればかならず誤った行動をするのがわかっているのに選挙に行くことなどできないからだ。

わたしが理想とする社会は、誰もが政治に関心を持ち、投票率が50%とか60%にのぼるほど誰も彼もがこぞって選挙に行くなどという愚行をおかす暇も時間も余裕もないほど日々の生活に誰もが一生懸命で、制度の改正にではなく、他人のこころにこころをくだいている、そんな社会だ。いつから政治が公的なものなどと呼ばれて、ひとのこころの問題など政治というおおきな枠組みにくらべればささいな個人の問題として扱われるようになったのだろう。こころは公的な問題でも個人の問題でもない。もしそうだとしたら、それはこころではない。なぜなら他人のこころだけがいつも自分のこころだからだ。不可避にして不可欠に他人のものであると同時に自分のものであるこころ以上に、関係以上に公的なものなどあるはずがない。

要するに、自国の政治など政治ではない。国内だけの法など法と呼ぶに値しない。それでも政治をするなら、やりたいと言うなら、せめて国会はサッカーみたいにホーム&アウェイ方式でやるべきである。アウェイで決議に持ち込んだ/持ち込まれた法案は、きっとホームで決めた法案より重く信のある法に、ルールになるだろう。外交だけが政治であると言いたいのではない。内政干渉だけが政治であると言いたいのだ。国際情勢だけがわたしたちの気分で、わたしたちのこころであると言いたいのだ。

確かに、アメリカが中東や西アジアの諸国でやることなすことすべてまちがっていたし、オバマ=民主党政権になったいまもまちがったことをしようとしている。けど、とわたしは言わない。そんな接続詞を使う必要はない。だからこそそこで議論が行われるべきだと言いたいのだ。これは外務大臣や外務省の人間だけに任せておくべきことではない。即刻、すべての国会議員を解雇して、他人の国について考えることが、こころをくだくことができるものだけ「外国会」に出席するべきである。つまり、いつの時代の政治も国連だけが問題なのだ。県知事、府知事、都知事になって、ふんぞりかえっている政治家などもってのほかだ。もちろん、わたしは地方分権に反対である。国に問うべき政治がないのに県や市や村にあるわけがない。地方分権どころか、国家に分権された政治を世界に返還するべきである。そして個人に分権されたこころを他人たちのこころに、関係に、言葉に還元するべきである。

意識の自然学 ……原宿・千駄木・代々木上原

『すばる 8月号』に〈すばる散歩部〉という企画で「原宿・千駄木・代々木上原 意識の自然学」と名づけたエセーを書きました。公園、絵本、料理、哲学、詩の5章からなっています。これがいまのわたしの生活の、そして仕事の5大要素なのかな、とも思います。

すばる 2009年 08月号 [雑誌]

すばる 2009年 08月号 [雑誌]

文学を散歩すること(=いろいろなひとのいろいろな仕事を、本を想起すること)と、千代田線沿線の街を散歩すること(=いろいろな街のいろいろな側面を、顔を眺めること)が同時になされたとき散歩は文学になることは確かで、例を挙げだしたらきりがないほどたくさんの作品を思い出します。とにかく紹介しまくりました。それくらい歩きまわりました。最近知ったものも、むかしから知っているものもあります。ひさしぶりに来た街も、きのうも来たしあしたも来るかもしれない街もありました。紹介した本には実用/芸術の区別はありません。すべて「散歩」という偶然のなせるわざです。……amazonでは扱ってないものもあるのですべてではないのですが、以下、このエセーの中で紹介した本を紹介した順に並べて紹介します。

目まいのする散歩 (中公文庫)

目まいのする散歩 (中公文庫)

からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))

からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))

いいおかお (松谷みよ子あかちゃんの本)

いいおかお (松谷みよ子あかちゃんの本)

スペインから届いた、ほっとやさしいレシピ

スペインから届いた、ほっとやさしいレシピ

豆とスープが待つ食卓―簡単だけど豊かなスペインの台所仕事

豆とスープが待つ食卓―簡単だけど豊かなスペインの台所仕事

足の裏に影はあるか? ないか? 哲学随想

足の裏に影はあるか? ないか? 哲学随想

入不二基義(さん)がブログにわたしの書評の感想というか批評を書いてくれました(身辺雑記(メモ)◎2009年7月10日(金)の記事の中で)。「文章だけで出会っていて、面識がないからこそ、こういう良きことがもたらされる」とわたしも思います。→入不二基義wiki
良いおっぱい 悪いおっぱい (集英社文庫)

良いおっぱい 悪いおっぱい (集英社文庫)

河原荒草

河原荒草

手・足・肉・体―Hiromi 1955

手・足・肉・体―Hiromi 1955

鶏肉のシシカバブー ……クミンパウダーのすすめ


鶏肉が好きです。このあいだもテレビでやっていた芸能人がオススメするグルメな逸品みたいな番組で、決勝に残った三品は焼き肉、マグロのトロの巻物、サーロインのステーキで、ああ、やっぱり、いざとなったらひとは(というか、昨今の日本人は)牛肉やマグロのトロみたいなこってりしたものを選ぶんだなーと思い知らされたわけですが、わたしはそれでも鶏肉を選ぶ自信があるくらい鶏肉が好きです。だからふだん料理するとき使う肉は5:4:1の割合で鶏:豚:牛で、最近はラムを使った料理にもかなりはまっているので牛肉がさらに比率が下がるばかり。とはいえ牛肉は牛肉で、おもしろい食材であると最近見直し始めているので、それも合わせて紹介します。

去年まで、ネパールカレーのお店でバイトをしていました。そのときネパール人のコックさんに教えてもらったのがこのシシカバブーで、焼きたてをもらっては「うまい、うまい」と騒いでいました。もちろん家庭なので、カレー専門店であるそのお店みたいにタンドリーを使うことはできませんが、フライパンでもできるレシピを自分なりに考案してみました。シシカバブーは、トルコなどのイスラム圏ではケバブと呼ばれるように、牛肉や羊の肉を鉄の串に刺して焼く料理の総称であるようです。わたしには、それ以上のことはわからないのですが、インドや、インドとはビザなしで入国できるネパールでは鶏肉を使った、日本の「つくね」に似たシシカバブがわたしも穴熊も好きです。

ポイントは、クミンパウダー(クミンシードを粉にしたスパイス)を使うことです。ちなみにいまわたしが使っているのはSBの一番手に入りやすいものです。クミンシードが手に入ればそれでもちろん構わないどころかむしろ理想なのですが、スーパーでも比較的手に入りやすいパウダーのほうをきょうは使います。いずれにしても、クミンは最高です。本場な味のインドのカレーとか、ラムを使った料理を食べたりしたとき、なんだこの香りは! そう感じた料理の中にはクミンが使われていることが多いのではないでしょうか。牛肉にもとってもよく合うので、きのうは千切りにしたジャガイモと小松菜と一緒に炒めてみました。

ということで、まずは鶏肉のシシカバブーの作り方から。シシカバブーを焼いている横で焼いて鶏肉のうまみを吸ったキャベツのステーキと茹でジャガイモを添えて、シチリア産の海塩を、ちょちょっとつけながら食べるワンプレートにしてみました(粗塩めいたものがジャガイモの下に、見えます?)。

「鶏のシシカバブ」の作り方(2〜4人分)
鶏の挽肉    250グラム
ピーマン    4個
ピザ用チーズ  ひと掴み
卵の黄身    1個
ショウガ    1かけ分を摺りおろしたもの
クミンパウダー 小さじ1
カレー粉    小さじ1
塩胡椒     適量(塩は2つまみくらいがよろしいかと)  

 ピーマンのヘタを取って細かく刻む。1ミリ四方が理想。ピザ用チーズも刻む。これはあまり細かくするとゴミみたいになってしまうのでほどほどに。ショウガは皮を剥いて摺りおろす。
 ボールに鶏の挽肉(胸肉のものでも、もも肉のものでも、どちらとも表示されていないものでも)をボールに入れて塩胡椒して、1とクミンパウダーとカレー粉と卵を入れて、手でこねるようによく混ぜる。ハンバーグをこねるときと同じノリでよく混ぜる。
 2を四つに分けて、それぞれを手の上で棒状にまとめる。かたち的には「つくね」の感じで。それをサラダ油(大さじ1)を入れたフライパンに並べて中強火で、できるだけ動かさずに、しっかりと焼く。ここでしっかりと焼かないと肉汁を閉じこめる壁ができないので、きつねはきつねでも濃いめのきつね色になるまで焼いてから裏返して蓋をして、弱火でじっくりと蒸すようにして焼く。これもやっぱりハンバーグを焼くときと同じで、竹串を刺したとき透明な汁がじわーっと溢れ出てきたら完成。

ジャガイモがご飯代わりです。男爵でもメークインでも、最近流行りのキタアカリでも皮付きのまま弱火でじっくり茹でると水っぽくならず、かつ、ぱさつかず、しっとりとした茹でじゃがになります。茹で時間はだいたい30分から40分。熱いうちにがんばって、横に水を入れたボールを置くかして、指先を冷やしながら、ぴりーっと皮を剥いてください。シシカバブーを料理する前に茹で始めるのがコツです。たわしか手でごしごしっと洗って、わりと大きめの鍋でたっぷりめの水に浸して茹でてください。では、クミンパウダーを使った料理をもう一品。

「牛肉とジャガイモと小松菜のクミン炒め」の作り方(2〜4人分)
牛肉の薄切り   200グラム
ジャガイモ    2個(できればメークイン)
小松菜      半束
オイスターソース 小さじ1 


★牛肉の下味
クミンパウダー 小さじ1
お酒      大さじ1(日本酒でも、白ワインでも、紹興酒でも、ビールでも)
にんにく    1片(摺りおろし)
ごま油     大さじ1
乾燥オレガノ  大さじ1(隠し味に、もしあれば。けど、なくてもぜんぜん大丈夫)
塩胡椒     適量

 牛肉の下味を揉み込むようにして漬ける。ジャガイモは皮を剥いて、厚さ五ミリのスライスにして、同じ5ミリ幅の細切りにして水にさらす。小松菜は7〜8センチ幅のざく切りにする。
 フライパンに油をしかずに下味をつけた牛肉をひろげるようにして入れ、中火で炒める。すぐに水気を切ったジャガイモを入れて蓋をして蒸し焼きにする。牛肉に焼きむらができてもだいじょうぶなどころかむしろそれが理想。あとなぜかわからないけどジャガイモと一緒に炒めると肉が硬くなりにくい。あとさらに、ジャガイモのデンプンが片栗粉代わりになって味がつきやすくなるから、まさに一挙両得。途中、何度かフライパンを返しながら、ジャガイモに、ほくほく、というより、シャキッとした食感が残るくらいの感じで火が通ったら小松菜とオイスターソースを入れて、何度かフライパンを返したら完成。

ジャガイモを茹でずに炒めるのが意外というか奇異に感じるひとも多いと思うけど、中華や東南アジアの料理ではよくある調理法で、しゃきしゃきしてるくせに味がしっかりつくのでおすすめです。きっとじゃがいも観が変わります。牛肉とクミンの組み合わせは異国情調たっぷりで、わたしはいつも軽くトランス、いや、ショート・トリップします。似たようなノリの料理に、高山なおみさんのレシピで「じゃがいもと砂肝のにんにくバター炒め」(『じゃがいも料理』所収)というのがあるんだけど、それは我が家の定番料理で、白ワインビネガーの代わりにモルト・ビネガーをばしゃばしゃかけて食べます。これはほんと、もうやめてってくらいおいしいです。パセリの緑と砂肝の赤とジャガイモの白で色味も最高の、これぞクークーって感じの無国籍料理です(行ったことないけど)。あれ? 気づいたら、どっちもジャガイモを使ってました。てことは、クミンの香りとジャガイモは、きっと合うってことなんでしょう。クミンパウダーと一緒にコリアンダーパウダーを同量入れると、さらに異国情緒感が漂いますよ。